第16話 友人を取り巻く環境(アサヒ視点)


「リヴァーさん、イチノさんは一緒じゃないんですか?」


 そう期待した瞳で尋ねてくるのは、先日知り合ったケント・バーミリオン子爵令息だ。人懐っこい性格で、あっという間に友人のことを名前で呼ぶようになっている。

 そして今日も隣りには、彼の友人カールハインツ・セピア男爵令息がいた。

 こっちの彼はちょっと苦手なんだよね。


「イチノは人が多い所は苦手なんですよ。今日はもう帰りました」


 ここはエイヴァン魔法学園内の演習場だ。放課後は魔法の課外講習や、自主練に使われている。広い敷地なのでさほど気にならないが、生徒の数はいつも結構多い。


「そうなんですか」


 素知らぬふりで答える私に、ケントくんは予想通り残念そうな顔をした。


 素直で可愛い人だ。まっすぐで好感の持てる彼のことは応援したくもなるけれど、如何せんライバルとなるであろう相手が悪すぎる。


「お二人はよくここにいらっしゃるの?」

「いやー、たまにですかね」


 さっさと自主練したいネフェリンが話題を逸らすと、ケントくんは苦笑する。


「そう。それじゃ私達はこれで。ごきげんよう」


 ネフェリンがあまり彼らに愛想がないのは、きっと私と同じ予想をしているからだ。でも、ネフェリンはいつの間に「彼」のことを知ったのだろう。

 そんなことを思いつつ彼女にならって踵を返すと、後ろから声がかかる。


「待って。良かったら一緒に練習しませんか?」


 振り返ると、カールくんが私だけを見て微笑んでいた。

 うーん、やっぱり苦手だなあ。


「悪いけど、」

「私も人が多いと集中できないので、ごめんなさい。失礼しますね」


 ネフェリンの言葉を遮り、私は申し訳なさそうに繕って告げる。

 驚くネフェリンの腕を引いて足早に遠ざかれば、流石に彼らが追いかけてくる様子はなかった。



「やるわね、アサヒ」

「うふふ、嘘じゃないよー」


 離れた場所に移動してそんな会話をしながら、私達は各々練習をはじめる。


 少し蒸し暑かったので、手始めに二人分の周囲を除湿した。私は水属性だから水に関連する魔法が使え、空気中の水分を減らすイメージで除湿する。

 この概念を教えてくれたのはイチノだ。彼女は時々思いもよらないことを口にする。空気に水が入ってるなんて考えたこともなかった。そんなイチノは風属性だけど、風すなわち空気を乾燥させるという方向から、蒸し暑さを解消できる。


 魔法は想像力だ。

 一つの現象に対し、アプローチの方法は各属性の方面から幾通りも存在する。


「あー、気持ちいい」

 ネフェリンがうっとりと目を閉じるのを見ると、私も嬉しくなった。


 そんな折。


「ねえ、マックスウェル様よ」

「はああ、かっこいい…」

「あの子でしょ、平民の子って。マックスウェル様に魔法の指導を受けるなんて何様?」

「光属性なんだから仕方ないわよ。マックスウェル様も気の毒よね、平民のお守なんて」


 いつぞやの休み時間に怒りを爆発させていた、クラスメイトのフールさん。そしてその友人二人が、ここから少し離れた風上に集っている。彼女達のミーハーぶりは周知のものだ。声がするかと思えば、いつもどこそこのイケメンの話をしている。


「ふん、残念だったわね」

「ネフェリン?」

「何でもない」


 独り言のように呟いたネフェリンを振り返るが、彼女はばつが悪そうに首を振った。


 そういえば私やイチノと仲良くなる以前、ネフェリンはあの三人組とよく一緒にいたような気がする。それがいつからか三人とは離れ、私達と過ごすようになったのだ。彼女達に良い感情がなさそうな所を見るに、喧嘩でもしたのかもしれない。


 ネフェリンの視線は三人組から外れ、その向こうのマックスウェルくんとピンク色の髪の少女を映している。


 どちらも有名人だ。国一番の大魔導師様の息子で、自身も魔力が最強クラスという超イケメン。それから、国王陛下の招待を受けた学園唯一の平民で、光属性を持つ美少女。


 彼女イーリス・クリスタルの魔力は、大魔導師様をもしのぐと言われている。しかし魔法の扱い方が少々不安定な為、ああして同じく稀少な光属性を持つマックスウェルくんが面倒を見ているのだそうだ。時には王太子殿下も混ざるとか何とか。学園中の女生徒の溜息が聞こえてきそうである。


 …なんて考えていると。


「ヘリオス様! わたくしにもご教授いただきたいですわ」


 風に乗ってそんな声が響いてきた。

 甘く強請るような言い方だが、気の強そうな雰囲気がある。


 アイボリーブラックの長いストレートヘア、アザレアピンクのややつり目で強い瞳。スレンダーで上品ないで立ちの美少女は、遠目にもおっかなびっくりのクリスタルさんを睨みつけているようだった。


「…あれ、四組のロゼッタ・エクストレム侯爵令嬢よ」

「えっ、エクストレム侯爵家のご令嬢なんだ」


 なかなか情報通のネフェリンに教えられ、私は改めて件の令嬢を眺めた。


 エクストレム侯爵家はかなりの権力を持つ有名な貴族である。その功績のほとんどは先代の侯爵が築き上げたものであり、その先代とは現侯爵の母親で、言わずと知れた女傑だった。


「もうお嫁に行ったんじゃなかったっけ。先代と同じくらい優秀だったのに、勿体ないとか何とか聞いたような」

「それは長女のブリジッドよ。あの子は三女だか四女だかで、侯爵が溺愛してるらしいわ」

「へえー」


 何となく納得できる雰囲気の少女だ、とつい頭に過ぎらせる。風が弱まって声が聞こえなくなってしまったが、マックスウェルくんもクリスタルさんもちょっと引き気味だ。対するエクストレム侯爵令嬢は、どんどん二人に詰め寄っている。


 宥めるように手を上げたマックスウェルくんの腕に、ミサンガが巻かれているのが見えた。


(…だよねえ)

 その事実につい笑みを零し、ふと気になっていたことをネフェリンに尋ねる。


「ねえ、ネフェリンはいつ気がついたの?」

「!」


 私が確信を持って自分の左手首をトントンと指差すと、ネフェリンはすぐに察してくれた。


「たまたまイチノと一緒にいる所を見かけたのよ」


 誰が、とは言わない。私は頷いて応える。


「そうだったんだ。珍しいね」


 この場にいない友人の色を示すミサンガを巻く彼は、自身の好きな人の目立ちたくない性格をよく分かっていた。自分が人目を引くことを理解していて、人前ではほとんど彼女と接触しないでいる。

 その代わり、以前の図書室のような場所で私の友人を捕まえているのだろう、きっと。


 私はイチノが彼のことを、「ヘリオスくん」と呼んだのを思い出していた。


「上手くやってるわねー、彼」

「あはは。流石って感じ?」

「いいなあ」

「ネフェリンは好きな人…」

「だからいないんだって。っていうか私、イチノのミサンガが気になってしょうがないんだけど」

「あー」


 イチノが単なる装飾として身につけているミサンガの色は、偶然にもケントくんの色と似ている。彼と知り合う前からつけているから誤解はされにくいと思うが、今度それとなく別の配色を薦めてみようか。マックスウェルくんの色とか。


 ごめんね、ケントくん。

 でも、イチノをあんなによく理解してくれる人は他にいないと思うんだ。


 ちらりとマックスウェルくんを見やると、どうあしらったのかエクストレム侯爵令嬢は既に遠ざかっていた。あの抜群のコミュニケーション能力も、友人にとって相当な助けになるだろう。



 上手くいくといいな。


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