第14話 出会いは突然に


 あれから私は、できるだけ道の中央を歩くように心がけていた。本当は端っこをひっそり歩いていたいのだけど、背に腹は代えられない。

 それから、お守りハンカチは肌身離さず持ち歩いている。通常使用のハンカチとは別に、まさしくお守りとしてだ。


 しかしそんな疑心とは裏腹に日々は何事もなく過ぎていき、季節は少しずつ移り変わる。



 そうして汗ばむ日も増えてきた六月。

 きっちり日本の四季を見せるシルフィード王国は、雨降りが多い時期となっていた。



 久しぶりに気持ちよく晴れた日の放課後。

 至って平穏で気が抜けた近頃。


 元通り隅のほうを歩いていつもの林に向かう途中、それは起こった。


 バサバサバサーッ、ドテッ!


 そんな効果音が文字となって浮かぶような光景が、目の前で繰り広げられる。


 通路を向こうから歩いてきていた男の子が何かにつまづいてよろめき、手にしていた沢山の紙の束を落とした。更にそれを空中でキャッチしようとしてバランスを崩し、結局転んだ。


(えっと…)


 これはどっちが先だ?

 声をかけて安否確認が先か? 紙を拾い集めるのが先か?


 とりあえず人もまばらで、現場に一番近いのは私だ。歩を進めてはいるが、はてさて迷う。できれば会話は最小限にしたい小心者なんですけど。


「痛ってぇー…」

「!」


 派手に転んだように見えたが、割と元気そうな声色で彼は体を起こそうとしている。

 大丈夫そうだな。よし、ならば落とし物を拾うのが先決だ。

 彼から遠いところにあるものから順に、散らばった紙を急いで拾い上げていく。


「はぁ…」


 座り込んで溜息を吐く彼は、すぐに動く気配がない。

 いいぞ、そのままの姿勢でいてくれ。

 軽く俯く彼の視界に入らないうちに、そして無駄に音を立てて彼の目を引かないように、迅速に紙を収集する。


「あの、すみません。これ」


 取りこぼしがないかサッと見回した後、タイミングよく立ち上がった彼に拾った紙束を手渡した。


「あっ、ありがとうございます。すいません、ボーっとしてて」

「いいえ、お気になさらず。あの、お怪我はありませんか?」

「全然平気です! 俺、丈夫なんで」


 そう言って太陽のように明るく笑う彼は、実にこの学園の生徒らしい美少年。

 黄褐色のさっぱりしたミディアムヘア、真直ぐな緑色の瞳。陽の気をまとう元気な佇まいは、少し弟のニノに似ている気がした。

 ただ、年齢故にニノのような幼い可愛らしさはなく、どちらかというと熱血ヒーローが似合いそうな雰囲気だ。


 何にしても、通常のモブ美少年よりイケメンレベルが高く感じる。ということは攻略対象の可能性が大。つまりヤバイ。落とし物も届けて安否確認もして、人としての最低限は済ませた。よし、逃げよう。


「良かったです。では私はこれで。失礼します」

 軽く会釈しながら、私は足早に彼の横をすり抜ける。


「えっ」


 すると彼が何か驚いたようだったが、こちとら用はもう済んでいるので振り返らない。走り出したいのを抑える代わりに競歩じみた足取りで進んでいると、ふっと横目に人影が見えた。


「あの! すみません」

「!?」


 ぱっと覗き込むようにして声をかけられ、驚きのあまり体が硬直する。固い表情のまま「ぎぎぎ」と目を向けると、先ほどの彼が笑顔でそこにいた。


 えっ何、瞬間移動?

 いくら魔法が使える世界でも、瞬間移動ができる人はいないよ?


 なんて逃避してみたものの、まあ普通に追いかけてきたんだろうなと思う。私も走って移動してた訳じゃないから、運動神経が良さそうな彼の足に追いつかれても不思議ではない。もんのすごくビビったけど。足音しなかった気がするけど。どんだけ。


「な…」

「俺、一年五組のケント・バーミリオンって言います。名前教えてくれませんか」


 何か? と尋ねる前に、彼は早々と用件を告げる。

 本当に勢いのある熱血っぽい人だ。しかしその名は私の知らないもので、攻略対象でなかったことに心の底から安堵する。


「イチノ・シーリオです」


 とはいえ、初対面の人を前にしていることには変わりない。しかも攻略対象並みのイケメン。そうそう関わりたくない為、自分の所在は伝えなかった。


「シーリオ様、俺のことはケントって呼んでください。また今度ゆっくりお話しましょう。それじゃ」


 急いでいるのかそれだけ言うと、彼は踵を返して早足で去っていく。その目まぐるしい一部始終に小さく頭を下げるしかできなかった私は、茫然と彼の後ろ姿を見つめた。



 ええとこれは、攻略対象じゃないから大丈夫だよね?

 っていうか、めっちゃ人懐っこい美少年だな!


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