第12話 それぞれの想い
アキレウス・エーレンシュタイン。騎士。魔法属性及び魔力なし。
ローズマリーの従弟で侯爵家。元平民でひょんなことから侯爵に拾われた。
先日クリスタルさんから名前が出た人は、ニジマスの攻略対象の一人である。
どういう「ひょんなこと」があったのかの詳細は、記載がなかった。しかし彼は魔法が使えない代わりに、サイボーグ並みに強いと攻略本にはある。凄まじい身体能力で魔導具の扱いにも長けており、凡庸な魔力の貴族では歯が立たないらしい。サイボーグって。
ともかくだ。
クリスタルさんは彼のことを「アキくん」と呼び、友達だと言っていた。これまでの少ない情報から察するに、ヒロインは騎士のアキレウスルートを歩んでいるように思える。
そうなると問題は、ローズマリー嬢がどういったネガティブをヒロインに持つかということ。本命はやはり魔力的なことが理由、対抗は従弟への家族愛が高じて、という辺りか? うーん、分からん。
彼らの様子を見る限り至って平和だったから、このまま円満に行って欲しいと心から願う。それに悪役令嬢はニケちゃんなのだ。絶対に無事でいて欲しい。神様へのお祈りにも、ますます気合いが入るというものだ。
「おっと、間違えた」
考え事をしていたら手元が狂ってしまった。
今は家でミサンガを作っている。手先は器用ではないが、作り方を検索して奮闘中だ。色はクルマ娘とはまた別のアニメで、前世における私の生涯最推しキャラの色である。
「にゃー」
「起きたの、レグルス。食べる?」
ちょっと休憩してカステラを頬張っていたら、さっきまで寝ていたレグルスが私の手を見つめていた。ちぎったカステラを口元に寄せてやると、レグルスは躊躇いなくそれを食べ始める。可愛い。
そういえばクリスタルさんはミサンガしてたっけ?
見とけばよかったな。
◇
いつもの林の中で自主練する放課後。
いつの間にかレグルスがやってきて、休憩がてら一緒におやつを食べる。
幸せなひとときだ。
今日もそうであるはずだったのだが。
「それ、行列ができてて買えないって聞いたよ」
「そうみたいですね。ありがたいことです」
「凄いね。そういうの、どうやって思いつくの?」
「えっと、こういうの食べたいなって考えたりして…」
「そうなんだ」
ベンチに座る私の膝の上には、今日のおやつの桜餅(道明寺)が二つ。
右側にはレグルスがいておやつを待っている。
そしてそのまた隣りには、相変わらず爽やかな美少年ヘリオスくんがいた。
桜餅その他のお菓子は全て前世にあったものであって、オリジナルでも何でもない。しかしそんな話をする訳にはいかず、いつも適当に答えて誤魔化している。
そう、いつもだ。
以前お守りハンカチをもらった日から、ヘリオスくんは時々ここにやって来るのである。星友だからなのだろうが、とはいえ会話はそればかりではない。コミュ力の高い彼に引きずられて、お菓子の提案は弟ニノ以外に私も結構していると漏らしてしまった。結構というかほぼなのだが、そこは必死に口を噤んだ。
和菓子店ヨウカンは、王都にも出店している。
ありがたいことに毎日盛況だ。
「良かったら、召し上がりますか?」
「いいの? じゃあ半分こしようか」
「いえいえ、大丈夫です。私は家に帰ればありますので、どうぞ召し上がってください」
私の毎日のおやつは別邸の料理長が作ってくれている。けれども、いつも必要な分しか頼まない上に今回は生菓子。本当は今日帰っても桜餅はもうなかった。
だからといって、ヘリオスくんだけ差し置いておやつを食べる訳にはいかない。しかも目の前で。コミュ障の私にそんな強靭な心があるものか。
もう何度目かのやり取りに胸中で溜息を吐き、やはりおやつの量を増やしてもらおうと考える。別に約束などしてないし彼が来ない日だって当然あるが、来る予想があるにも関わらず何の用意もしないのは心苦しい。ヘリオスくんが来なくて余ったら、夕食のデザートにすれば良いし。あと、私もおやつが食べたい。
「美味しい。この葉っぱ食べられるんだ」
「塩漬けしてありますから。気になる時は食べなくてもいいんですけど、私は食べますね」
「うん、塩味が凄く良い感じだね」
それに、自分の好きなものを美味しいと喜んでもらえるのは嬉しかった。
ランチの際には、アサヒやネフェリンさんにもあげたりしている。
「ところで」
「はい?」
桜餅を食べるレグルスから顔を上げると、ヘリオスくんは私の手元を見つめていた。
「何か…?」
「それは自分で?」
それ? どれだ。
と過ぎらせたのは一瞬で、私はすぐに思い至る。
左手に巻いたミサンガをつまみ、少し擦りつつ答えた。
「これですか? 自分で作りました」
少々不格好だが、推しへの愛を込めまくって自作した市松模様である。推しの澄んだ美しい瞳の碧色と、長めミディアム系ヘアのダークブラウンとの二色。
最推しはバトル系アニメの男性キャラだ。そもそもかっこいいキャラだけど、とある媒体では誰もが感嘆するほどイケメンを極めた姿に描かれており、その画像は最後まで待ち受けに使用していたほどである。
自分なりには上手くできたお気に入りのミサンガだ。自然と笑みが零れる。
「イチノは、好きな人がいるの?」
そこへそんな問いが降ってきて、ヘリオスくんを見やると、何となく寂しそうに微笑んでいた。哀愁をまとっていても美しい人だ。でもどうしたんだろうか。
「…まあ、そんな所です」
最推しの二次元キャラです、とは言えない。
ストレートにミサンガの理由を聞かれたのは初めてだったので、ちょっと詰まって曖昧に答える。アサヒ達は以前の会話から私のコレに意味はないと思っている為、「作ったんだね」としか反応はなかった。
意味などないと伝えても良かったが、推しへの愛がこもっているのは確かだ。
「そっか」
ヘリオスくんは呟くようにそう言うと、少し袖を捲って左手を見せた。
「俺も付けてるんだ。願いが叶いますように」
「綺麗ですね」
ヘリオスくんが巻いているミサンガは星模様だった。
ピンク味の強い茶色に、チョコレートブラウンの五芒星が並んでいる。同じ茶色系統の二色なので大人しい印象だけど、一目で上質と分かる美しい糸で丁寧に仕上げられていた。
「うちの使用人に手先が器用な人がいてね。作ってもらったんだ」
「そうなんですね」
確かに男性はあまり自作はしないだろう。しかし込められた思いが強いのは伝わってくる。とても素敵なミサンガだ。
ん?
ということは、ヘリオスくんは好きな人がいるのか。あっ、ヒロイン!
「ピンクじゃない…」
でも、クリスタルさんの髪は純ピンク色だ。茶色要素は一切ない。
目の前のミサンガの色を眺め、つい声が漏れる。
主役達の中で女性はヒロインと悪役令嬢だけだが、ローズマリー嬢は少し茶色っぽいけど麗しの金髪だ。攻略対象のうち五人は顔を知らないけど、まさかボーイズラブではないだろう。ないよね?
「どういう意味?」
「えっ、いや、何でもないです」
勝手に性癖を想像した後ろめたさで、私は慌てて首を振る。
ニジマスのラスボス戦に参戦するのは、ヒロインと悪役令嬢、ヒロインに対する好感度が最も高い攻略対象の三人だ。瘴気の魔女が現れるのは、ヒロイン一年次の修了式目前の頃。そしてニジマスに逆ハーレムルートは存在しない。
それならば。ヒロインとは結ばれない攻略対象達が、別の人と懇意にしていても問題はないのか。バトルに協力してくれる訳じゃないんだし。ラスボスはヒロインとヒーローのラブラブカップルだけで倒せと。なるほど、愛の力か。
と、そこまで考えてふと思い至る。
「あの、好きな人がいらっしゃるなら、ここには来ないほうがいいのでは…」
お節介かもとは思ったが、こんな私でも一応女子である。前世であればそれすら自意識過剰の笑い者だったけど、今はありがたいことに一般女子の扱いを受けていた。ヘリオスくんとは星友だとはいえ、男女二人でいたら相手の女の子が誤解してしまうかもしれない。
「大丈夫だよ」
しっかり意図を汲んでくれた様子のヘリオスくんは、しかしながら気にした風もなく目を細める。
「イチノは友達だろう?」
「あっはい。そうですね」
確かにそうだ。ヘリオスくんなら女の子の友達だって沢山いるはず。そのうちの一人でしかないのだから、そう気にされることもないか。出しゃばってしまって申し訳ない。ああ、恨めしやコミュ障。
「すみません、余計なことを言って」
俯きがちにそう言うと、彼は「いや」と短く応える。
「ねえ、それより。名前呼んで?」
「!?」
「イチノはあんまり呼んでくれないから」
「えっと…」
バレている。
前世の時から苗字だろうと何だろうと、名前を呼びかけるのが苦手だった。誰かに声をかける時はもっぱら「すみません」である。時には友人であっても、それは変わらなかった。
困り顔を隠せないまま彼を見やると、柔らかい表情でまっすぐにこちらを見つめている。攻略対象はこんなモブにも美麗な姿を拝ませてくれるのか。自分がヒロインだと勘違いしそうになる。
「ヘリオスくん」
眩しいオーラにあてられながら、控えめに名を呼ぶ。
ヘリオスくんは嬉しそうに笑って、呼び捨てでもいいよ? と言った。
それは本当無理なんで…。
「様」付けと「さん」付けを諦めたんですから、もう勘弁してください。
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