第11話 ヒロインが進むルート
「クルマ娘~ビューティフルロード~」とは?
自動車を可愛い女の子に擬人化した、育成レースゲーム及びアニメである。
軽自動車からスポーツカーまで様々な車種が擬人化され、サーキットを走って競うストーリーだ。クルマ娘と呼ばれる女の子達が、徒競走でひた走る。各車種の性能の差を努力と根性で埋める、王道スポ根ものだった。
例えば小柄なイッパイ自動車の軽ファシーちゃんなどは、いつも元気いっぱいで何度負けてもへこたれない。そしてついには、往年のスポーツカーのクルマ娘に辛くも勝利する。このシーンは同アニメ歴代最高視聴率を誇った。他の軽自動車では幼顔のボクっ娘、マンスリーズちゃんが人気など。
そしてそんなクルマ娘の中で私が二番目に好きなキャラが、マメグチ自動車の高級セダン、ニケエスタードちゃんだった。元ネタ車の品があって美しい曲線とツートンカラーが好きで、クルマ娘のほうの包容力抜群な佇まいも非常に萌える。
そのニケエスタードちゃんそのままの雰囲気で、悪役令嬢ことローズマリー嬢はそこにいた。
(ええええ、どういうことなの)
神様のサービスなんだろうか。もし私が悪役令嬢に転生していたら、私はニケエスタードちゃんになっていたのか? 恐れ多くて想像できない。
それにしてもニケちゃんはとんでもなく美しいな。クルマ娘で一二を争う豊満なお胸も素晴らしすぎる。なのに腰は細くてキュッとしていて、文句なしのナイスバディだ。ニケちゃんマジ女神。
(落ち着け。あの子はニケちゃんじゃなくてローズマリー嬢だ)
取り乱す脳内を叱咤するように小さく頭を振り、胸の前でぐっと拳を握る。
私は何とか足を動かすと、そそくさと人の少ないエリアに移動した。
◇
それにしてもニケちゃ…、ローズマリー嬢は本当に悪役令嬢なのだろうか。
一人で実習を続けながら、ぼんやりと考える。
全くもって悪役令嬢らしからぬ母性オーラを放ち、殿下ととても仲が良いように見受けられたのだけど。
ヒロインのクリスタルさんは殿下に勉強を教わっているらしいが、対抗するような態度は窺えなかった。ともすれば物凄いラブラブカップルに見えたし、幾らヒロインと言えど、あそこに割って入るのは難しい気がする。
ヒロインが王子様を選ばなければ、あの二人はあのまま円満なのだろう、きっと。クリスタルさんが悪役令嬢主役の物語によくある腹黒系だったらアウトだが、彼女はそういう感じではなかったし。
それに嫉妬心が少しも見えない訳だから、今の所ヒロインは王子様ルートには乗ってないと見ていいと思う。これは大変好ましい状況だ。ほぼ毎日神社でお祈りしてるのが効いてるのかもしれない。
ほんとにやってたのかって?
「ほぼ」ではあるけど毎日寄ってるよ、神社!
閑話休題。
そうなるとヒロインは、どの攻略対象のルートを進んでいるんだろう。
そういえば悪役令嬢は、婚約者の殿下以外のルートでも立ち塞がるんだった。理由は魔法関係での妬みといった所だろうか。ヒロインの魔力は世界最強だからね。あのローズマリー嬢からはちっとも想像できない姿だけど。
そんな折。
「シーリオ様」
不意に呼ばれて顔を上げた私は、サッと体が冷たくなるのを感じた。
「こんにちは! あの、先日はお世話になりました」
そう言って輝く笑顔をこちらに向けてくるのは、ヒロインのイーリス・クリスタルさんである。
あれ、私名乗ったことあったっけ。回避したはずなんだが。
「こんにちは。お、お久しぶりですね」
ぎこちなく口の端を上げ、何とか当たり障りなく返す。
どうしよう、今すぐ逃げたい。
「はい! お姿をお見かけしたのでご挨拶をと思って。シーリオ様は風属性なんですね」
「あっはい、そうです。ご丁寧にありがとうございます。えっと、名前…」
「あ、勝手にお呼びしてすみません。お名前はさっきヘリオス様に聞いたんです。ヘリオス様とお友達でいらっしゃったんですね」
「いえあの! お友達というか、ちょっとお話させて頂くことがあるくらいで、その、ええと、別に、はい」
「そうなんですか? ヘリオス様はとても親しそうな感じでしたけど…」
そう言って小首を傾げるクリスタルさんは、萌えを極めている。
正直、めっちゃ可愛い。
「え、そ、そうですか。ははは」
しかしそんなことを言っている場合ではない。クリスタルさんに何を言ったんだヘリオスくん。その他大勢のモブでしかない私を、名のあるモブに引き上げるのはやめてくれ。
私が
「私、平民なので知り合いがいなくて。殿下やローズマリー様、ヘリオス様はいつも気にかけて下さるんですけど。あ、それからアキくんとは友達になれたんですが」
「!」
「だからもし良かったら、シーリオ様とも時々お話させてください」
ちょっと緊張したような、はにかむような。
何とも可愛らしい表情で、クリスタルさんはそう言った。
(んぐ…っ)
こんな純粋な天使を前に抗えるモブなんてモブじゃない。
ヒロインの魅力恐るべし。私は自分が紛れもなく只のモブだということを痛感する。
「ええ、是非。いつでもどうぞ」
にっこり笑顔で返す私の脳裏には、船が轟沈するイメージが浮かんでいた。
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