第9話 色々なお守り


 つい先日カレンダーをめくったと思ったのに、五月も早半ばに差しかかろうとしている。


「みんな浮かれてるわね」


 近頃割と話すようになったネフェリン・セザリ子爵令嬢は、半目になって周囲を見やると溜息を吐いた。

 落ち着いたフォレストグリーンの髪は、ボリュームのあるツインテール。明るい茶色の瞳はややつり目だが、当然の如く美少女だ。


「そうかな?」

「何かあったの?」


 テーブルを囲んでアサヒがオレンジジュースを飲みながら、私が持参した緑茶を飲みながらそれぞれ尋ねた。

 ここは学園で一番広い食堂。今は昼食後の、のんびりお喋りタイムである。


「アレよアレ。みんなの左手」


 近くを通りがかった女の子をちらりと見ながら言うネフェリンさんに、私達は揃って「ああ」と納得した。遠ざかっていく女の子の左手には、煌めく金色の糸で編まれた腕輪がある。いわゆるミサンガだ。


 国立エイヴァン魔法学園では、いつの時代もミサンガが流行っている。

 前世でもあったなあと、随分ノスタルジックな気分になったものだ。前世では自分の好きなデザインで作った気がするが、エイヴァン魔法学園では主に恋愛成就用となっている為、好きな人の髪や瞳の色を使うのが常である。その他、好きな人の好みの色だったり、恋人同士ならお揃いだったりと、デザイン及び色に込められた心は様々だ。

 とはいえやはり一番多いのは、好きな人の髪と瞳の二色で作られたデザイン。先程の女の子のミサンガは金色一色だったので、王太子殿下のことかもしれない。流石、七人の攻略対象アイドルの頂点の御人だ。


「ネフェリンさんも作ったらいいのに」

「相手がいないわよ。アサヒさんこそどうなの」

「私もいないよー」


 そんな女子会らしい会話に少々気後れしつつ、私は静かに緑茶を啜る。


「イチノさんは?」


 おおう、やっぱり振ってくるか。

 ネフェリンさんは結構ミーハーで、こうした話題が好きなタイプだ。


「私もいないよ。ブレスレット自体は可愛くていいなと思うけど」

「意味なく付けてても分かんないんじゃない?」

「それもそうだねー」


 私の返事にネフェリンさんが意見を述べ、アサヒがのほほんと笑う。


 なるほど、確かに。懐かしさもあって本当にいいなと思っていたのだ。正面切って「そのミサンガ誰のこと?」なんて聞いてくる人はそういないだろうし、前世でハマっていたアニメの推しキャラで作ろうかな。それだと意味ありありになるか。まあ誰に言うでもなし、平気平気。


「そういえば、午後の魔法科は合同授業だね」

「!」


 そうだった。忘れてた。

 アサヒの言葉にハッとして固まる。


「一、二組とやるんだっけ。あっち側のクラスは有名人しか分かんないわ」

「遠いもんねえ。私もそんなに顔知らないかなあ」


 二人のやりとりに相槌を打ちながら、私はさあっと背筋が寒くなった。


 一年生は全部で六クラスあり、一~三組と四~六組は校舎が別になっている。


 私達三人は六組。

 ヒロインと悪役令嬢が一組。

 王太子殿下とヘリオスくんが二組。


 なんと乙女ゲームの主役九人のうち、四人が一堂に会する瞬間だ。そんな所に居合わせなければならないのである。気が重いどころじゃない。


 確か今日の授業では、属性ごとに分かれて講義を受けるはず。幸い四人の誰とも属性が被っていないから、できるだけ離れた場所にいよう。


(でも…)


 ヘリオスくんがいるのは、少し安心するかもしれない。


 以前と違い、私はそんなことを考えていた。

 何となく、もらったハンカチの入ったポケットに手を当てる。


 先日ヘリオスくんから借り受けたハンカチは、返却不可となっていた。断っておくが、汚しすぎて拒否された訳ではない。私は念入りに洗濯をして返すことをちゃんと申し出ている。


 しかし彼が「そのハンカチは防御魔法をかけてあるから、持ってると運が良くなるよ」と言ってそのまま私にくれたのだ。そんな凄いものなら余計に受け取れないと告げるも、申請は通らず。その上「お守りみたいなものだから、いつも持っててね」とキラキラしい笑顔で付け足され、首を横に振れる者などいるだろうか。少なくとも私は無理だった。


 更にはレグルスから強い魔力を感じたそうで敢え無く正体がばれ、名前で呼んで欲しいと乞われてやはり星友認定済みだったかと確信し、最後にはうちの馬車が待機する場所まで送ってもらってしまったのである。どうしてこうなった。



 とにもかくにも。

 ゲームに巻き込まれませんようにと願いつつ、私はまた緑茶を喉に通した。


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