第7話 類い稀なる美少年


「!?」


 周囲には誰もいなかったはずの図書室の一角。突然の声に私は戦慄した。


 反射的に瘴気の魔女ミアズママギサについての本をサッと閉じる。ミアズママギサのことは主役達に大いに関わることだ。万が一誰かが来ても素知らぬふりができるよう、大きめの星座の本を偽装として開いてあった。まさか役立つ時が来るとは。

 というか、全っ然気配を感じなかった。こわい。


 魔女の本を端に押しやりながら、私はそろりと顔を上げる。


「こんにちは。ここ良いかな?」

「こ、こんにちは。はい、あ、あの、どうぞ」


 こちらに向かって柔らかい眼差しで微笑むその人は、類い稀なる美少年だった。

 サラサラと美しく長い金髪のポニーテール。サファイアブルーの大きな瞳。やや童顔な印象ながらも、しっかりとハンサム。そして爽やか。

 美形揃いの学園生活にも随分慣れてきたが、ここまでのイケメンは王太子殿下以来じゃないだろうか。


 うん?

 ってことは攻略対象か!?


 いや待て。主役達は通常、ヒロインを中心に集っているはずだ。仮に図書室に来たとしても、こんな奥まった若干陰気な場所に一人で用があるとは思えない。ミアズママギサに関する本や、一般的な参考書が並ぶ本棚はここから離れている。

 攻略対象ともあろう人が、ヒロインを放ってブラブラしてるなんてことはない。と思う。


(なんにしても、さっさと去るが吉だ)


 攻略対象であれば一目散に、そうでなくても足早に。

 学園内で関わる人は少ないほうがいい。


 私の返事を受けて席に着く美少年をチラ見しつつ、急いで机上を片づける。


「お邪魔しました」

「待って。どこ行くの?」


 ぺこりと頭を下げて席を立つと、美少年は何故か少し慌てた。


「え? えっと、この席、お使いになるんですよね?」


 だから退いて欲しかったんだろうに、何故引き止めるのか。

 あっ、掃除していけってことか?

 なるほど、他人の使用後が気になる気持ちは分かる。


 雑巾なんて持ってないからハンカチで拭くか、魔法でサッとやってしまうか。

 人前で魔法を使うのは緊張するからハンカチだな。よし。


 そう考えて私がハンカチを取り出そうとすると、美少年は困ったように笑った。


「いや、この席っていうか、君と話がしたくて。いま忙しくなければ付き合って欲しいんだけど」


 駄目かな?

 と小首を傾げる彼は、それはもうキラキラとした美少年で。


 駄目なのは私の語彙力です、などと言っている場合ではない。


 一体どんな話があるって言うんだ。私は何もしてないぞ。ちょっとこの間、不法侵入したけどさ。でも誰もいなかったし、そんなこと彼が知る由もない。

 攻略対象が縁のないモブに用がある訳ないから、とりあえず彼もモブだろう。モブの中でも飛び抜けてイケメンだけど。えぇ、そんな人が本当なんなんですか。雰囲気はとっても優しいけど怖いです。


「えっ、あ、ええと、その。はい、分かりました」


 とはいえ。彼の眩いオーラに対し私のコミュ力など、無いに等しいを遥か下回ってマイナス位置。

 敢え無く手に抱えていた本を机上に戻し、私は再び腰を下ろした。



 結果報告。


 図書室に現れた美少年は、見た目のキラキラ加減の通りにとても良い人だった。なんならカツアゲされるんじゃ、とか思っててすみません。


 彼の目的は星の話。私がわざと開いていた星座の本が目に留まっただけだった。知り合いには星の話をするような人がいなかったら、私に声をかけてみたとのこと。

 私は星は好きだけど特別詳しくはないと正直に伝えたが、彼は自分もそうだと笑った。星空を眺めているのが好きなんだそうだ。ここまでくると私も親近感を覚えて、少し肩の力が抜ける。


「夜空の星は何でできてるのかな」

「えっと、ガスですね。ほとんどが恒星なんだそうで」

「ガス?」

「そうです、そうです。太陽と一緒で…」

「太陽」

「えっと…」


 ……………………ヤバイ。


 宇宙ヤバイ。いや違う。そうじゃない。

 真顔の美少年の迫力がヤバイ。


 ニジマスの世界には星座がある。すなわち、天体観測がなされている。世界が丸いことも知られている。地動説も一般的で、我々の住む世界も星だという認識はあるが、その他の星々とは別格で唯一無二のものと考えられている。理由は簡単、この星だけ光らないからだ。


 ここは前世で言う、昔の西洋をイメージ(一応)した世界である。故に、前世の現代日本並みの天体知識などは存在しない。太陽や星、はたまた月がどうして光って見えるかを、理解している人など何処にもいないのだ。それなのに。


 知っている事柄については饒舌に突っ走るオタクの性の片鱗を、見事に垣間見せてしまったのである。


「…太陽も光ってますから、星と同じ原理なのではと思いまして」

「光る気体の集まりということ?」

「いや、逆…じゃなくて、そうかもしれませんね。よく分かりません」


 気体というか原子が核融合反応を起こす際、光や熱といったエネルギーが生まれる。

 懲りずにそんな説明をしそうになった私は、何とか誤魔化して愛想笑いを浮かべた。


「君は不思議な人だね」


 冷や汗を流す私の様子を察したのか、彼は微笑んでそれ以上追及してこない。気遣いも完璧なイケメンだ。長めの前髪からのぞく青い瞳が綺麗で、つい見惚れる。顎近くまで伸びる横髪がさらりと揺れて、美少年度数が更に上がった。


 今からでも攻略対象に加われると思うな、この人。


 と、私がそんなことを過ぎらせた時。

 目の前の彼が不意に後ろを振り返った。


「あ、イチノいた」


 つられて顔を向けた先には、よく見知った美少女がいる。この「よく見知った」の部分は、コミュ障の私にとって非常に重要だ。心から安堵して、これ幸いと立ち上がる。


「アサヒ。どうしたの」

「課外講習が早く終わったから、イチノがまだいたらお茶でもと思って」


 近寄ってきたアサヒは私にそう言ってから、美少年を見やって「ごきげんよう」と微笑んだ。美少年も和やかに挨拶を返している。なんてスムーズなやり取りなんだ。


「じゃあ俺はこれで失礼するよ。ありがとう、楽しかった」

「あっ、はい。いえ、あの、こちらこそ。ありがとうございました」


 一瞬ほっとしたのがバレたんじゃないかと思い、視線を彷徨わせながら頭を下げる。


「本、戻しておくよ。それとも借りてく?」

「あっいえ、借りません。自分で戻しますから大丈夫です」


 私は慌てて本に手を伸ばすが、「いいから、いいから」と綺麗な手がひょいと本を取り上げていった。瘴気の魔女ミアズママギサの本もしっかり持っていかれる。


(ああ、どうか言及されませんように)


 強気に出られない自分を恨めしく思いつつ、私は彼に本があった場所をお礼とともに伝えた。


「名前を聞いてなかったね。俺はヘリオス・マックスウェル。君達は?」

「――っ!」


 本を抱えて相変わらず爽やかな笑顔の彼の言葉に、私は息が詰まった。


「…イチノ・シーリオです」

「アサヒ・リヴァーです」


 ちゃんと名乗れたか自信がない。

 アサヒの明るく可愛い声に救われる。


「じゃあまたね、イチノ。リヴァーさんもごきげんよう」


 類い稀なる美少年ことマックスウェルくんはそう言うと、ふわりと髪を揺らして踵を返した。


「「!?」」


 えっ何、私だけフレンドリーだな?

 星について語る友、略して星友に認定されたから?


 現実逃避にそんなことを考える私の横では、アサヒもまた驚いた様子でぽかんとしている。



 ヘリオス・マックスウェル。魔法属性は光。

 国内最強の大魔導師の息子。魔力は父親に次ぐ最強レベル。伯爵家。


 彼は正真正銘、乙女ゲーム「ニジマス」の攻略対象の一人だった。


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