第6話 図書室にて


 学園の屋上で星を満喫した翌日の放課後。

 今日は人もまばらな図書室に来ている。学園の図書室はそれはもう広く、品揃えも豊富だ。読書スペースも各所に大小様々に存在し、少人数で落ち着いて過ごせる席も多い。

 その中の一つ、窓際端っこの二人掛けテーブル席が私のお気に入りだ。周囲に他の席はなく、ちょっとテーブルが大きいのもポイントが高い。


 意外にも、図書室を利用する人は少なかった。どうやら貴族の皆さんは、読みたい本があったら借りるより買ってしまうらしい。この辺は前世の貴族のイメージそのままだな、と思う。


 そんな訳で、元々人が少ない上に私が愛用する席は奥の方にひっそりとある為、今のところはここで誰かを見かけたことはなかった。控えめな声であれば独り言を延々呟いていても、誰の耳にも届かないだろう。


 誰も見ていないのをいいことに頬杖をつき、フィクションの棚に収められていた歴史書の頁をめくる。


 今日は勉強をしに来たのではない。瘴気の魔女ミアズママギサについて調べに来た。主役達が魔法で戦うような相手だし、ここは昔から魔法が使える世界だし、もしかしたら情報があるかもと思ったのである。


(およそ七百年前か…)


 結果は当たり。瘴気の魔女に関する情報はあった。


 しかしである。それはおとぎ話として伝わっているものであって、全くのファンタジー扱いをされていた。私が今読んでいる本の著者は、歴史上「瘴気の魔女」が実在したと主張している。にもかかわらず、公平な学園の図書室において、この本はフィクションの棚に配置されていた。瘴気の魔女ミアズママギサに対する国全体の認識が窺える。

 因みにおとぎ話系の本棚を見に行ったのは、昔話や伝説などは歴史を知る手がかりとなると思ったからだ。


 瘴気の魔女ミアズママギサの物語を説明すると。

 およそ七百年前、万物のネガティブなエネルギーを吸収することにより、力を得る魔女がいた。一定以上の力を得た魔女は、更なる大きなネガティブエネルギーを求めて地上に姿を現す。世界で一番ネガティブエネルギーを持つのは人間だった。

 人々がエネルギーを吸われて倒れていく中、現れたのは強大な魔力を持つ光属性の魔導師。その人は光属性においても稀有な治癒魔法を最も得意とし、その凄まじい魔力をもって魔女を癒す。魔女は浄化されて跡形もなく消え去り、世界は平和を取り戻した。


 …って、これ。

 まんまゲームのラスボス戦じゃないか。しかも攻略本より詳しい。


 負の感情すなわちネガティブエネルギーは、どんな形であれその生命が持つ「エネルギー」に変わりはない。だからその生命に占めるネガの割合が大きい場合、それを吸収されることは生命力を大幅に削られることを意味する。


 悪役令嬢は「魔力」を吸収されると攻略本にはあったが、魔力だってその人のエネルギーな訳で。つまるところ悪役令嬢は、自身が持つエネルギーのほとんどをネガに支配されていたんだろう。故に、後遺症が残るほど衰弱してしまうのだ。


 なるほど、ラスボス戦の仕組みは分かった。

 攻略本の不親切さも改めて実感した。


 それはさておき、これはどう考えても史実だ。

 ネガティブは何度でも沸いてくるもの。一度浄化されてもまた溜まってきて、現代に再び魔女が現れようとしている。その舞台が今回の乙女ゲームなのだ。


(そうすると、このゲーム状況ってこの世界でループしてるの?)


 それこそよくある異世界ものみたいに、何百年に一度聖女が現れて、その度に世界を救うみたいな。今から七百年後にもこうした事態が展開するってこと?


「はあ」


 ちょっと疲れた。ひとまず休憩だ。うん、そうしよう。


 私は持参していた水筒に入っている緑茶を飲み、溜息を吐く。そして水筒を仕舞って偽装用に開いていた星座の本に目を向けた時、その声は降ってきた。



「星、好きなの?」


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