第5話 お一人様タイム


 緑茶はいい。心が和む。


 今は別の領地から取り寄せているものしかないが、そのうちシーリオ伯爵領でも栽培したいものだ。領地の気候的に難しそうだけど、他領に頼らないで済むようになれば嬉しい。


「ふうー…」


 温かいお茶が夜風に冷える体に染み渡り、至福の溜息が零れた。四月ももう下旬になるが、夜はまだまだ冷える。防寒用のローブは着ているけど、それでも結構寒かった。耐えられなくなったら魔法で暖房しよう。今のうちはまだ、ひんやりした気持ちいい空気を味わっていたい。


 うっかりヒロインと出会ってしまってから何日も経ったが、ありがたいことにその後も全く変わらない日々が続いている。名前を尋ねられたから、もし探されたりしたらどうしようかと思っていたのだけど。ご令嬢三人組を見かけることもないし、平和で何よりだ。


 魔法で中身の温度が保たれている水筒を両手で包み、星々の美しい夜空を眺める。今日は雲一つない晴天で、絶好の天体観測日和だ。頭上には春の星座たちがキラキラと輝いている。

 ニジマス世界の星空は、日本で見られるものと同じものだった。


「きれーい」


 今日は検索本で検索した、日本の春の星座マップを書き写した紙を持参している。それを頭上に掲げて天を仰ぎ、あれがこれでー、あっちはこれかなーと楽しむ。


 ちょっと首が痛くなったところで一息入れ、魔法を一つ。

 それから、これまた持参した小ぶりな大判焼きを頬張った。これもヨウカンの商品で、中身は小豆餡。保存用に冷凍してある物を持って来て、いま電子レンジ魔法を施した。ホカホカ。


 この国には、冷蔵庫と冷凍庫の役割を果たす魔導具がある。日本のそれらと比べると品質が劣るのは否めないが、前世で三種の神器と呼ばれた能力を持つだけで素晴らしい。


 しかし当然ながら電子レンジはなかった。なので試しに、「電子レンジみたいに電磁波で食品中の水分子を振動させて温める空間」をイメージして魔法を発動させてみたら、なんと上手くいったのである。ただ、電子レンジ並みの細やかな機能を付与するのは難しく、電子レンジ的に温めたい物がある時にその都度魔法を使っていた。


「んふふ、美味しー」


 一人きりで満天の星空を眺めて、緑茶を飲んで小豆のおやつを食べる。

 なんと幸せな時間だろうか。


 しかもここはずっと来てみたかった、魔法学園のとある校舎の屋上だ。広くてベンチが幾つも設置されており、植樹もされている人気スポットである。しかし日中はいつでも誰かしらいる場所の為、まともに足を踏み入れたことがなかった。


 でも、今は誰もいない。既に戸締りの時間は過ぎている。ではどうやって来たのかと言うと、運ぶ猫フォロスキャットのレグルスに乗せてもらってきた。要するに不法侵入だ。ごめんなさい。高いところで星が見たかったんです。


 ところでレグルスがどうやって人を乗せるかと言うと、魔法の風でサンタさんが乗ってるソリみたいなのを創る。ほんのり青白いそれに乗れば、レグルスがトナカイのように牽引してくれるのだ。風でできているからか座り心地はふわふわしていて、移動時間が長くても大丈夫。と言ってもレグルスは新幹線並みのスピードで移動できる為、そこまで長い時間乗っていたことはないが。例えばシーリオ伯爵領の本邸から王都の別邸までは、大体三十分程度。馬車だと四~五日程度かかる距離である。


 フォロスキャットの魔法属性は風で、私と同じ。しかし私と違って魔力がめちゃくちゃ高い。風属性の名のもと、レグルスはまさしく風になって移動できるモンスターだった。移動している間は正真正銘の風で姿が見えず、それは乗っている人や物も同様。けれども乗っている側からは普通に景色が見えるし、何故だか風圧は感じない。そうした特徴的な能力故に、運ぶ猫と呼ばれている。


 そんなフォロスキャットのレグルスは今、私の膝の上で丸まって寝ていた。

 ああもう、本当に可愛いな!


 ついでに魔法属性の話も少し。

 ・いわゆる四大元素の「水・風・火・土」に、それらの元となる「光」を合わせた五種類を魔法の傾向として「属性」と呼ぶ。

 ・属性は遺伝で受け継がれ、生まれた時から決まっている。一般的にはどれか一つだけど、二つ三つを合わせ持つ人もいる。

 ・「光」は全てのエネルギーの源である為、光属性は何でもできる万能。しかしそんな光属性を持つ者は非常に稀で、世界でも数えるほどの家系にしかいない。


 大雑把にはこんなところ。

 モンスターにも属性はあって、自分と同じ属性の人間には懐きやすい。レグルスが私に懐いてくれたのも、まずはそれがあってのことだ。


(うーん、寒い。そろそろ帰るか)


 もう少し星を眺めていたいけど、こっそり家を抜けてきたので、あまり遅くなるのは気が引ける。体も相当冷えてきたし。


 最後にもう一度広い星空を仰げば、変わらず沢山の星々が煌めいていた。

 自然と頬が緩むのが分かり、そのままうっとりと目を細める。


「夏の星座も楽しみだなあ」


 そう何度もこんな風に侵入はできないから、次は季節が変わってから来ることにしよう。


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