第4話 ヒロインとの遭遇


 魔法学園に入学してから、早くも半月ほど経った。学園では大抵、初日に仲良くなったリヴァー伯爵令嬢のアサヒと一緒にいる。今はもうすっかり打ち解けて、名前を呼び捨て合うほどになった。


 それにしても学園の敷地は本当に広い。大方は散策し終わったが、まだよく知らない所もある。しかしながら人気のない場所などを見つけられたし、広い図書室でこれまた人が寄りつかないような、のんびりできる席も発見した。

 お一人様御用達のカフェテリアなんかもある。いや別に一人でなければ入れない訳ではないが、利用する人のほとんどがお一人様なのだ。故にここは物凄く静かで、お喋りしたい人達からは敬遠されている。私にはもってこいのカフェテリアだ。お一人様最高。


 どれだけ親しくとも一定のソロタイムを欲する私の性格を、アサヒは早い段階で察してくれていた。彼女はちょっと天然だが、頭の回転が早くさっぱりした性格で、私はつくづく仲良くなれたことに感謝している。

 乙女ゲームの主役達とも全く縁なく過ごせているし、私は学園生活を満喫していた。


(あ、でも王子様だけは見たっけ)


 入学式の時、新入生代表として挨拶していたのが、攻略対象の一人の王子様だった。遠目でもはっきりと分かるほど、とびきりのイケメンだったのを思い出す。


 キラキラと輝く麗しい金髪のミディアムヘアに、私のいた位置からはよく見えなかったが、黄金色の瞳だった気がする。そして透き通るような肌。更には穏やかなのに王族のオーラが凄いという、それはもう完璧な王子様だ。


 彼の名はフレイ・シルフィード。第二王子で既に王太子。

 兄である第一王子は幼少で亡くなっており、弟と妹がいる。

 魔法属性は光、魔力は強+。


 と、そんなことが攻略本に書いてあった。

 しかし攻略本には絵が一切なく、全て日本語の文字だけで書かれている。その為、私は主役達の顔を全然知らない。顔が分かったのは今のところ、王太子殿下のみだ。


 王子様を見たからか、平和な学園生活で余裕が出てきたからか、折角だし顔くらい遠巻きに眺めてみようかな、と思うこともある。けれど結局いつも、ゲームに巻き込まれるのを恐れて避け続けていた。離れた場所から彼らの名前が聞こえただけで、光速の勢いで場を離れるのを繰り返している。

 やはりと言うべきか、攻略対象達はアイドルみたいな扱いを受けているので、顔を知らなくても遭遇を回避するのは割と簡単だった。わざわざ顔を知る必要はない。


 とはいえ、美形の宝庫である学園内において、主役達は更にとびきりの方々。

 何事もないなら、ご尊顔を拝むくらいはしてみたい。


 やっぱりちょっと気が緩んでるかも。

 そのくらい平和な毎日なのである。


(写真があったらいいのになあ)


 ここでブロマイドの一つでも出回っていれば、何も気にせず萌えられるのに。

 残念ながら流石のニジマス世界でも、撮影機材というご都合主義は存在しなかった。



 うららかな春のとある放課後。

 刺々しい声が静かな庭に響いていく。


「よろしくて? クリスタルさん」

「ここは貴方のような平民が来るところではないのよ」

「殿下にはもう二度と近づかないと、約束なさいな」


 うーん、これはあれか。

 この間、主役達の写真があったら見てみたいとか考えてたせいか?


 壮年のイケメン教師ジェイク・レーラー先生に頼まれた手伝いを終え、とっとと帰ろうと歩く最中。

 見事なまでにテンプレな、ヒロインいびりの現場に遭遇してしまった。


(マジか、どうしよう)


 ヒロインを取り囲むご令嬢は三人。

 こちらに背を向けているので顔は分からない。ヒロインは唯一こちらから顔が見えたが、その完璧なヒロインオーラに鳥肌が立つ。


 ピンク色の艶やかなロングストレートの髪に、純粋さが際立つコバルトグリーンの大きな瞳。小顔で困ったような上目遣いの表情は、この上なく庇護欲を掻き立てる。小柄だが細すぎることはなく、健康的で好ましいスタイルだ。

 そして魔力が平凡な私ですら、彼女のハイレベルな魔力が醸し出す不思議な雰囲気を感じる。


 ヒロインとは、かくも圧倒的なものなのか。


「あの、私が学園にいるのは陛下が招いて下さったからで…」

「まあ、口ごたえする気?」


 私が色んな意味で震え上がっている間にも、テンプレイベントは続いていく。

 いや、イベントかどうかは分からない。何しろ攻略本には、日々の細かな交流イベントについての記載が一切なかった。十月の収穫祭及びダンスパーティーの際に、好感度レベルの確認と好感度ボーナスアップがなされることしか、イベントらしいイベント情報がなかったのである。


 おいおい攻略する為の本じゃないのか、攻略本って。

 いつどこで何をしてどう攻略したらいいんだ。

 もし私がヒロインに転生していてあの攻略本をもらっていたら、床に叩きつけていたに違いない。


(何で誰もいないの!?)


 助けを求めて周囲を見回すが、割と開けた場所なのに誰の姿も見えなかった。

 そりゃあ私も先生の手伝いをしていたから、今が一般的な帰宅時間を過ぎていることは分かっている。それにしたって、多少は誰かいたっていいだろうに。


 ヒーローは来ないのか? 来るもんじゃないのか?

 ここで来たらヒロインの好感度爆上げだぞ。

 あ、逆か。ヒロインがヒーローの好感度を上げなきゃならないのか。


「自分の愚鈍さを使って殿下に取り入ろうだなんて、浅ましい人ね」

「違います! 殿下には勉強を教わっているだけで」

「それが卑しい行為だと言うのよ」

「わたくし達のような由緒ある子爵家の者でも、殿下にお声をかけるなんて恐れ多いことだわ」


 子爵家!!!!


 ご令嬢Aの言葉に、私は思わず拳を握った。


 しかも「わたくし達」と言ったね?

 つまり三人とも子爵家ということ。


 ニジマスの悪役令嬢は公爵家の人だ。あの三人の中に悪役令嬢はいない。悪役令嬢が指示している可能性もあるが、今はこの場にいないだけで十分だ。流石に主役メンバーが二人も揃っていたなら、一目散に逃げている。


 大事なことなので何度でも言うが、私にヒロインと悪役令嬢の仲を取り持てるようなコミュ力はない。


 で。

 あのご令嬢達は身分をとても気にしているようだ。ぱっと見の身分だけで言えば、子爵家の彼女達より伯爵家である私のほうが上。


 もう一度辺りを確認する。相変わらず人の気配はない。

 私は早足で暫定イベント会場へと向かった。


「クリスタル様。こんな所にいらっしゃったんですね」


 できるだけ落ち着いて声をかけ、私はにっこりとヒロインに微笑む。するとご令嬢三人組が、一斉にこちらを振り向いた。ブオン、と音がしそうなその勢いに「ひぇ」と口から漏れそうになったが、何とか耐える。三人とも、私と同じモブとは思えないほど美しい子達だった。雰囲気が険悪すぎて、かなり残念なことになってしまっているが。


「レーラー先生がお探しでしたよ。私いま先生のお手伝いをしているところでして、一緒に教員室に参りましょう」


 嘘を吐く時は少し本当のことも混ぜると騙しやすいらしいが、噓を吐く側としても本当のことが混ざっているほうが、もっともらしく話せていい。先生の手伝いをしていたのは事実なのだ。もう終わってるけど。


「あ、はい。分かりました。行きます」


 ヒロインことクリスタルさんは少しほっとした様子で、突然現れた私を訝しむことなく近づいてきてくれる。流石、純真なヒロインだ。近くで見るとマジ可憐。


「ちょっとあなた、なん…」

「お待ちになって、エーサン様。伯爵家の方ですわ」

「えっ、そうなの、ビーサン様」

「わたくしもどこかで見た気がするわ。恐らく伯爵家だったかと」

「シーサン様。こんな地味な人が…?」


 Aさん、Bさん、Cさん?


 ご令嬢AはマジでAさんだったのか。

 家族全員の名前に何故か数字(日本語)が入ってる我が家といい勝負だ。

 ちょっと親近感が、別に湧かないけど。


 とにかく三人組の名前も判明し、悪役令嬢ではないという予想が的中していて安心した。

 さあ、とっとと退散しよう。


「では参りましょう、クリスタル様。皆さん、ごきげんよう」


 またにっこりと微笑みつつ三人組とは目を合わせないようにして、私はくるりと踵を返す。


「はい」


 その後をヒロインことクリスタルさんがついてきて、その更に後ろから三人組のそぞろな「ごきげんよう」という声が聞こえてきた。追いかけてくる様子はない。良かった。


 職員室への道すがら、三人組が見えなくなって暫くしたところで、クリスタルさんを振り返る。急に足を止めた私を不思議そうに見る彼女は、やっぱりそれはもう本当に可愛らしい美少女だった。元々ない語彙力が更に死ぬほどに。


「あ、あの、ごめんなさい。先生が呼んでるっていうのは噓なんです。えっと、ちょっとその、こう、絡ま…ええと、喧嘩してるのかなって思って」


 どストレートに「絡まれてたから」と言いそうになって堪える。

 ちょっと漏れちゃったけど、スルーしてください。


「そうなんですね。ありがとうございます。助かりました」


 クリスタルさんはちょっと驚いた顔をして、それからふわっと笑ってお礼を言ってくれた。


 ああ、天使。これは惚れる。

 漏れた言葉はしっかり拾われて、意図を把握してくれたみたいだ。

 デリカシーがなくて申し訳ない。


「私、一年一組のイーリス・クリスタルって言います。よかったらお名前を…」

「あっ、いえ! 名乗るほどの者ではございませんので!」


 むしろ記憶から抹消してくださいませ!


 そう心の中で付け足すと、もう限界な私は深々と日本人並みに頭を下げ、脱兎のごとく校門へ向かって走り出した。


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