第3話 ゲーム開始
結論から言うと、自転車は無理だった。
いくら検索本があるとはいえ、私の脳みそでは製作は難しすぎた。
日曜大工なんてしたことなかったもんな。
結局、大人しく馬車に乗ることにした。ただやはり校門前の大渋滞は避けたいので、学園が近づいた辺りで降ろしてもらうことにする。
さあ、今日は四月一日。
神様の新作乙女ゲーム「虹色の恋☆魔法マスター」略して「ニジマス」の始まりだ。
◇
(…よし!)
教室に入り席に着いた私は、心の中で大きくガッツポーズをした。
もう何度目か分からないほど確認したクラス分け名簿のプリントを再度眺め、ほっと溜息を吐く。
うむ。第一関門は突破した。
幸いなことに、同じクラスにヒロインはじめ主役達は誰もいなかった。
これは幸先がいい。至って平和に過ごせそうだ。
まあ元々、ゲームの主役達とは一切関わらないモブなんだから、当然の結果ではあるが。ただ、そうした設定は覆ることもありそうだと、神様の言葉から推測している。
悪役令嬢が事なきを得るのは大歓迎だけど、恋愛やバトルに巻き込まれるモブにはなりたくないのだ。気をつけるに越したことはない。
それにしても席が一番後ろの窓側という特等席なのは、神様のサービスなんだろうか。ありがたい限りだ。
「ごきげんよう」
物思いに耽っていると、いつの間にか隣りに座った女の子に声をかけられた。
「ごきげんよう」
控えめに微笑んで返すも、近くに来たことに気づかず挨拶が遅れたことに焦る。女の子は笑顔を向けてくれているが、内心怒っていたらどうしよう。
コミュ障の癖に、人の顔色を窺うのは「やっちまった」後からだ。先に気を回しておけば余計な胃の痛みを感じなくて済むのに、暇さえあればすぐ一人の世界に入ってしまう。昔からそうだ。
「イチノ様と仰るんですね。姉と名前が似てます」
「え、そうなんですか。お姉様は何と仰るんですか?」
名簿と座席表を見比べる彼女は、私の心配をよそにふわりと微笑む。やや幼い顔立ちが大変可愛らしい子だ。濃いめラベンダーの髪はマッシュショートボブで、大きなパンプキン色の瞳によく似合っている。機嫌は悪くないみたいで良かった。
ここに足を踏み入れた時から思っていたが、この学園はモブの皆さんですら非常に見た目が麗しい。どっちを見ても美少年と美少女、教師陣も美男美女ばかりだ。どの人をゲームの主役だと言われても疑うことはないと思う。
対する私はと言えば、父グレイ譲りの茶色の瞳、母シノ譲りのピンクブラウンの髪をミディアムウルフにしている。やや垂れ目。ついでに眼鏡。悪目立ちはしてないから、顔は多分普通。神様への要望が効いてるんだろう。
前世では外見にコンプレックスがあった為、あまり人と目を合わせたくなかった。今もコミュ障は引き続いているから、目を合わせたくないのは変わらないけど。
「姉はシナノと言います。あ、私はアサヒ・リヴァーです。よろしくね」
「イチノ・シーリオです。よろしくお願いします。ほんとだ、似てますね」
一瞬「ノ」しか合ってないんじゃと思ったが、日本人っぽい名前という意味も考慮すると、確かに似ている。ぽいって言うか、完全に日本人の名前だ。神社といい名前といい、このニジマス世界は私を参考にしただけあって、相当にアンバランスでカオスである。
しかし前世から見てどれだけアンバランスであっても、この世界ではそれが自然な通常のこととなっていた。
つまり、宇宙ヤバイ。
カオスと言えば、貴族の生活やマナーなんかもしかり。ここまで来て今更だが、前世における昔の貴族及び乙女ゲームの貴族と、ニジマスの貴族は大分異なっている。恐らく、いや絶対に、私がそういったことに疎かったせいだろう。
例えば先程の会話。ごきげんよう、なんてお淑やかな挨拶をする割に気安い態度だったりするし、言葉遣いだって普通の敬語だ。絵に描いたような「~ですのよ、おーっほっほっほ」という喋り方の人も珍しくはないけど。
そんなこんなのざっくり貴族世界を、人それぞれ個性的に適用。
それらが不思議に混ざり合っている。と、そんな感じか。
そしてエイヴァン魔法学園の中では、誰もが身分に関係なく平等だという規則がある。故に学園内では一応お堅くしている普段より、気楽に周囲と接せられるという訳だ。
「そうだ、今年の一年生には治癒魔法が使える人がいるそうですよ」
「まあ、それは知りませんでした。凄いですね」
にこやかに会話を続けてくれるリヴァーさんに安堵しつつも、私は思わず名簿に目が落ちる。
私のクラスからは最も遠いクラスに記された名前。
治癒魔法なんぞという超高難度の魔法が使えるその人を、私はよく知っていた。
「ええ、本当に。確か一組の、イーリス・クリスタルさんだったかな」
そう教えてくれたリヴァーさんに、私は心の中で答える。
合ってますよ!
間違いなくヒロインのことですね!
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