第2話 ゲーム開始前のチート


「にゃー」


 そんなことを考えていたら、昼寝をしていたはずの飼い猫が膝に飛び乗ってきた。


「なあに、レグルス。お腹空いたの?」

「にゃー」


 こげ茶と薄茶色の縞模様の背を撫でながら問うと、レグルスはこちらを向いてまた鳴く。


 ああ、可愛い。荒んだ心が癒される。

 レグルスは耳と尻尾と足の先だけはこげ茶一色で、それがまたとてもキュートだ。

 こんな可愛い子が懐いてくれて、私は本当に嬉しい。


 あっという間に思考が切り替わり、何かお菓子あったかなと自室内を見回した。


 すると今度は、部屋の扉をノックする音が響いてくる。


「はーい」

「姉ちゃん、入っていい?」

「ニノ? いいよー」


 訪問者は弟のニノだった。


 私は何度も読み返した攻略本を閉じ、そそくさと机の引出しに仕舞う。立ち上がると同時にレグルスが膝から降りてしまったが、トテトテと私の後をついてくるのが最高に萌える。

 私は君がいればもう何も要らないよ!


「さっきの固まったから食べてみて」

「あ、出来た? いただきます」


 部屋に通した弟の手にはお盆があり、その上にはほんのりピンク色をした羊羹が乗っていた。今の時間、私は試作したこの羊羹が固まるのを待つ間に、学園生活のシミュレーションをしていたのである。


 ソファに座って羊羹の乗ったお皿を受け取ると、早速ひとくち味見してみた。


「うん、美味しい。桜のいい香りがする」


 ふんわり優しい桜味は可愛さも感じるし、見た目のうっすらピンクとも相俟って女性に受けそうだ。今回の新作は桜の羊羹である。


 私は異世界転生の定番、「前世の知識で商売繫盛」をやっていた。


 具体的には、主に和菓子の製造販売。

 私は和菓子が好きだった。特に小豆とカステラには目がない。


 シルフィード王国はクッキーやケーキなどの洋菓子はあっても、和菓子はなかった。西洋風の国なんだし当然かとも思ったが、しかし神社はある。それならば和菓子があっても良いじゃないか。私は小豆餡とカステラが食べたいんだ!


 という訳で、まず作ったのが大福。


 幸いなことに小豆は普通に栽培されていた。更には白いんげん豆も。どちらも単に茹でて食されているだけだったが、領地内ではそれなりに沢山作られていたので、ありがたく利用する。これで餡の素は確保。砂糖や塩は全国で普通に流通していて助かった。


 次にもち米。あるんだな、これが。

 この国の主食はパンとお米が半々なのだ。地域によってその割合は異なるが、我がシーリオ伯爵領は圧倒的に米が多い。そしてもち米は、保存食としての餅を作る為に育てられていた。前世の記憶が蘇った時、主食が米であることには大変感激したものである。お米は日本人の心だ。


 片栗粉の存在はなかったがジャガイモはあったので、作り方を調べて作ってみた。


 どうやって調べたかって?

 ここで神様がくれたチート能力の出番ですよ。


 私は神様への要望の一つに、「転生後に前世の地球上の知識を検索できるようにしてほしい」というものを盛り込んでいた。「全ての知識を頭に詰め込んでおいてほしい」でもよかったが、何だか頭がパンクして木っ端微塵になりそうだったのでやめた。

 悲しいかな私は賢くなかったので、自力で知識チートをしようと思っても無理だろうなと悟っていたのである。


 で、神様がくれたのが検索本。攻略本の下に重ねてあった。攻略本と同じで現世の一般的な本の見た目に、漢字で大きく「検索」と書かれている。辞書みたいなイメージだ。

 使い方は簡単で、日本語で「○○を検索」と言って本を開けば良い。開けば、それについての情報が記されている。勿論、日本語で。一度検索した事柄は項目となって本に蓄積されていき、いくつもの項目を見比べることが可能だ。しかもどれだけ項目が増えても、本の厚みは変わらないという不思議仕様。神様って凄い。


 そうして仕上げの片栗粉が出来上がれば、大福は完成。


 その後も現世で作れそうな和菓子を製造し(カステラも作った)、販売店ヨウカンと専用商会エースができる。日持ちする品は直送し、日持ちしない品は現地製造で、近隣の他領からどんどん輪を広げていった。


 その立ち上げの中心となったのは、領地経営を勉強中の次期領主となる弟ニノ。

 まだ若いのに才能が溢れている。素晴らしい。


 ニジマス世界では爵位は当主が割と自由に扱えて、生前譲位が一般的だ。そして長男に継がせるのが慣例だけど、次男長女その他でも問題はない。


 とはいえうちも普通に、弟が継ぐことになっている。


「俺も良いと思う。んじゃこれでいこっか」

「桜の塩漬けを乗せてもいいかも」

「あー、なるほど。やってみる」


 そう言ってにかっと笑うニノは、身内の贔屓目を抜いても凄く可愛い男の子だと思う。明るい茶髪は父方の祖父譲りで、ちょっとくせ毛のミディアムヘア。母譲りの空色の瞳は、明るく元気な性格の彼にピッタリだ。お姉ちゃん、陰気でごめんね。


 商売の提案は色々するけどコミュ障の私に代わり、ニノは当初から率先して窓口を引き受けてくれている。同時期に別口で収入源を得られたこともあり、私はヨウカン関係は名義も売上も、何もかもをニノのものにしていた。

 寒天の原料となる海藻を仕入れる際の交渉などは、ほぼ彼が一人でやっている。父は口を挟む暇がなかったらしい。因みにシーリオ伯爵領は海なし領で、私の前世の出身も海なし県だ。海への憧れも神様に語っておくんだった。


「じゃあ後はお願いしていい?」

「うん、任せて」

 ニノの返事に頷き、私は寄ってきたレグルスに羊羹の乗った皿を差し出す。


「にゃー」

 レグルスはやっぱりお腹が空いていたのか、羊羹をはぐはぐと食べ始めた。


「レグルスは猫なのに何でも食うなあ」

「フォロスキャットだからね。普通の猫とは違うよ」


 運ぶ猫フォロスキャットはモンスターの一種だ。


 モンスターとは、魔力を持つ人間以外の生き物のこと。魔力の属性や強弱は種類・個体によって様々で、基本的に人のいるエリアには近寄らない。

 が、全く入って来ない訳ではないので、各地の騎士団がモンスター退治も担っているのが現状だ。いわゆる冒険者ギルドも存在している。


 何だか物騒な話だが、退治されるようなモンスターは凶暴性が高く、人を襲うようなモンスターだけだ。魔法が使えない平民の、一般的な狩猟で狩れる程度のモンスターもいるし、その場合は普通の動物と同じく食糧や資材にしたりする。


 通常、モンスターはどんなに微力だろうと魔力があって危ないので、飼ってはいけない。しかしフォロスキャットを含む幾つかのモンスターは、人が飼うことを国に許可されている。だから、モンスターだけどフォロスキャットであるレグルスが家にいても、何の問題もない。


「そういえば姉ちゃん、結局寮はやめたの?」

「あー、それね。やめたわ。学園の寮ってペット禁止なんだよねえ」

「でも別邸の方が楽じゃん? 周りに気兼ねしなくて済むしさ」

「それはそうなんだけど、学園から遠いんだよ」

「都内の住宅街なんだから普通の距離だろ。レグルスに乗せてもらえば?」

「誰かに見つかったらどうするのよ」

「フォロスキャット見たことあるやつなんていねーだろうし、バレないって」

「えぇ…」


 私が国立エイヴァン魔法学園に入学する日、すなわちゲーム開始日は着々と近づいてきていた。

 学園に通うのは十五歳から十七歳の貴族の子供達。満十五歳になる年度に入学し、三年間魔法その他の勉強に励む。年度は四月から三月で日本と同じ。私とヒロインは同い年だ。


「健康の為だと思って頑張って歩くよ」


 魔法学園は敷地内に寮があり、入寮しても自宅から通学しても良い。王都に別邸を持つ貴族の子供はそこから通うことが多いが、移動時間の短縮を理由に寮に入る人も割といる。


 そりゃあ運ぶ猫フォロスキャットのレグルスに乗せてもらえば一番だが、ニノの言う通りフォロスキャットは大変珍しいモンスターなのだ。飼っていることを国へ届け出る必要はない為、珍しさ故の注目を浴びたくない私は、レグルスは普通の猫ということにしている。モンスターだと知っているのは、家族と使用人の一部のみだ。

 因みにこの一部の使用人達は、ヨウカン関係のことに私がガッツリ関与していることも承知している。


 とにかくだ。

 フォロスキャットのレグルスがもしも誰かに見つかってしまったら、大騒ぎになる可能性が非常に大きい。それは絶対に避けたい。


「いや、そこは馬車で行こうぜ」


 呆れたように言うニノの声に、私はつい「むう」と唇を尖らせた。


 その馬車の大渋滞が嫌なんだよお。

 くっそう、自転車作れないかな!


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