第1話 乙女ゲームの世界観


 そんな訳で新世界、ニジマスワールドが誕生。


 よくある乙女ゲーム世界と言われた通り、私が生まれた国は西洋風の王国だった。

 名はシルフィード王国。王様や貴族がいて、魔法が日常使いされている国である。それ故か、科学力は低い。けれども端々に日本とその生活を思い出させる物があるという、まさしくご都合主義な乙女ゲームの世界だ。

 というか、私の性格をよく反映している。


 私の家は伯爵家。地味だが堅実でそれなりに上手くいっている、中の上といった感じだ。家族は父、母、弟と私で四人。使用人も含め仲は良好。目立ちたくはないが折角だからそこそこにはなりたいという、非リア充の複雑な願望は見事に通された。

 神様、ありがとう!


 前世と神様に会った記憶が蘇ったのは、ゲーム開始の二年前だった。生まれた瞬間ではなかったので、ばっちり現世の生活に馴染んでいる。これは結構ありがたい。昔の西洋風の国なので、前世の日本を思うと不便なことも多いからだ。知識を吸収しまくる幼少期をまっさらな状態で過ごした為、記憶が戻ってからも、そこまで日々の生活習慣を苦には感じていない。


 新世界とはいえ、私が転生した時代は世界創造から大分時間が経っている。人類が誕生して、乙女ゲームを始められるくらいの生活になるまでだから相当だ。

 まあそうでなければ、乙女ゲームの世界へGO!計画の意味がない訳だが。特に攻略本。


 そう、攻略本だ。

 前世の記憶が蘇った日に、机の引出しに入っていた。ぱっと見はこの世界でよく見る本の装丁。しかし表紙にはやたら凝った字体かつ日本語で、ニジマスのタイトルが書かれている。

 うわあ、と声が漏れたのは仕方ないことだろう。


 希望通りモブに生まれたので、ゲームの様子を傍観することもできるけれど、出来るだけ主役達のことは視界に入れない方向で過ごすつもりだ。なにしろゲーム内容にはバイオレンスが存在する。確かに国や普段の生活は平和だけれども、主役達は大変なのだ。


 タイトルに魔法と付いていることでお察しだったのかもしれない。

 しかし神様に会った時の私は、平和な生活を求めてそれどころではなかった。


 つまり、魔法を使っての戦闘がある。主役達だけが。


 えー、ざっくりゲームを説明しよう。

 はじめは普通の平民だったヒロインが、魔法を使えることとその魔力の高さを見出され、貴族達が通う魔法学園に入学するところからスタート。学園生活で攻略対象である七人のイケメン達と親睦を深め、そのうちの誰かと結ばれればハッピーエンドとなる。

 その道中で悪役令嬢の横やりが入ったりするのもお約束。そしてエンディング直前に、瘴気の魔女ミアズママギサと呼ばれるモノと戦うのだ。無事に勝利すればハッピーエンド、敗れるとヒロインは魔女に連れ去られてしまう。何処に、とは書かれていない。


 えっ、なにそれ怖い。どこが平和な乙女ゲームなんだ。


 一応99%勝利できるバトルで、むしろ敗れるほうが難しいとの一口メモが付いてはいたが。それにしたってその設定はどうなんだ。

 しかもそんなヒロインへの転生を考えていたよね、神様。ちょっと神様への信頼が揺らいだぞ。


 更には悪役令嬢の扱いがひどい。

 ヒロインはハッピーエンドがほぼ確実だから、とりあえず良しとしよう。一抹の不安が最高レベルの恐怖だが、ひとまず置いておく。


 このゲームの悪役令嬢は王太子殿下の婚約者だが、どの攻略対象のルートでも必ず悪役令嬢として立ち塞がる。まあそれはよくあることなので、これは許容範囲。

 問題は対魔女戦だ。彼女は優秀で魔力も高い為、このバトルにも必ず参加する。しかしヒロインに対する大きな負の感情に目を付けられ、魔女に魔力を根こそぎ吸収されてしまう。ヒロインが魔女を倒せば和解するものの、弱り切った悪役令嬢は後遺症が残ることになる。


 断罪とか国外追放とかはないけれど、後遺症のせいでそれまでの地位から外されてしまうエンディングばかりだ。繰り返す、これ本当に平和?


(いや、待て確か)


 だが私は思い出した。神様は転生先を選ばせてくれる際、「あえて悪役となりゲーム進行に逆らってみるか」と言っていたことを。

 つまり、ゲームの設定に逆らうことは可能なのだ。乙女ゲームの世界へGO!をやりたかった神様だから、そうしたイレギュラーだって快く受け入れてくれる。

 そういうことなのだろう、きっと。多分。そうであってくれ。


 一人だけ不憫な立ち位置の悪役令嬢。しかしこの悪役令嬢もまた、私の転生先候補であったのだ。ヒュ、と胆が冷えて思わず身震いする。


 悪役令嬢も含めた円満エンドは、攻略本には存在しない。私なんぞを参考に世界を作ったせいで悪役令嬢の末路が…と思うと胃が痛すぎるのだが、世界を創造したのは神様だ。私にできることと言えば、悪役令嬢が魔女に目を付けられる要素を少しでも縮めることくらいか。


 例えばヒロインと悪役令嬢の仲を取り持ち、二人の親睦が深まるよう仕向けて。

 悪役令嬢が負の感情を大きくしないようにする。


 ……うん、無理。


 一人が大好きで個人主義で人を避けてて、オタクのコミュ障なのが私だ。

 そもそも全く接点のないキラキラしい人達を前にして、挨拶すらまともにできる気がしない。仲を取り持つなんて夢のまた夢。無理に決まっている。


 本当に本当に本っ当に申し訳ない。

 けれども、姿を現して策を講じるのは辞退させて頂きたい。


「お祈り行こう」

 代わりに神社で毎日、神様にお願いしておくから!

 どうかバトル前までに、ヒロインと悪役令嬢が仲良くなりますようにと。


 あれ、教会じゃないの? と思ったよね。私も思った。


 なんとシルフィード王国には教会がなく、代わりに神社があちこちに建っている。西洋風の建物が並ぶ中に、しれっと純和風の神社が現れるのだ。しかし前世の記憶が戻った今だからこそ不思議に感じるけれど、そういうものだと思って生きてきた記憶もある為、凄まじい違和感というほどではない。慣れって凄い。


 因みに攻略対象の一人は、国内随一の神宮の宮司の息子さんである。

 彼は陰陽師でもあるらしい。設定が盛り盛りだ。


 ん?

 ということは、学園内の神社にはお祈りに行けないのか。主役達と鉢合わせしそうだし。うーん、困ったな。敷地内だと移動が楽なんだが。仕方ない、学園の外の神社に行くか。


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