第23話 勇者に憧れて、ユノは、#3

 暗闇の向こう側から、金属の扉が開かれる音がした。しかし、その音はいつもと違い、なんだか激しめで、少し焦りも感じた。一体、何があったのだろうか。下着姿でベッドに寝転がるエイドは、1人薄暗い牢獄の中で、そんなことを考えていた。

 扉が開かれた音の直後、断末魔のような声が聞こえた。状況は全くもって分からない。ただ分かっているのは、断末魔が微かに響いてから、こちらへ近付いてくる足音が聞こえてくることだけである。

 足音一つ一つの間隔が少し短めであることから、少しだけ早歩きの男性か、或いは背の低めな女性か、そのどちらかが考えられた。しかし、その足音が近付いた頃に、本当に微かだが、深い吐息が聞こえてきた。その声のトーンは明らかに女性であり、エイドは、近付いてくるのが何者なのかを予想した。そして、その予想を確信に変える為に、エイドは、暗闇の中で声を発した。


「また来るとは思ってたけど、結構早かったね。どう? 光るか翳るか、決まった?」


 エイドは、近付いてくる何者かの正体を、プレーナであると予想した。そして、エイドの声に応えるかのように、暗闇の中から、プレーナが姿を現した。

 しかし、プレーナの姿は予想とは少しばかり異なっていた。


「決まった。私は翳る。もう、愛想振り撒くのも、無理に信じようとするのも辞める」

「……その決意の表れとして、返り血で服を汚したのね」


 プレーナが纏う、水色のシャツも、白いジャケットも、灰色のミニスカートも、露出した柔肌も、部分的ではあるものの、不自然に赤黒く染まっていた。蝋燭の火でしか照らされていない薄暗い空間では、それが血なのか模様なのか、或いはただの汚れなのかは判別しかねるが、エイドの目の鼻は、その赤黒い染みは鮮血であると即座に判断した。

 そして理解した。先程、エイドが収監されたエリアの扉が開かれた際に聞こえてきた、断末魔のような声。あの声は本当に断末魔で、且つ、その声を上げさせたのは、プレーナであったのだと。


「私は今日から人間の敵になる。そこでお願いがあるんだけど、エイド……私と一緒に行動してくれない?」

「お互いにとって得はあるの?」

「私は、私とエイドの声に従う。私を動かしてくれる誰かが居てくれるなら、私はそれでいい。もしも、私を駒として動かしてくれるのなら、私はエイドを、あなたを魔王にする」

「……ふふ、面白いわね。けど生憎、私は側近エイドであり魔王にはならない。私が求めるのは魔王の座じゃなく、その座に腰掛けるべき魔王よ」


 魔王信徒は、エイドが次の魔王になることを望んでいる。しかしエイドは、側近であることにこだわりを抱き、自らが魔王になろうとは考えていない。その理由として、エイドは強い誰かに服従し、その側近として傍らに立つことに喜びを感じているのだ。魔王信徒が望むだけあり、エイドには魔王となる素質がある。にも関わらず、エイドはそれを望まない。何故なら、自らが魔王になってしまえば、服従することも、誰かの傍らに居続けることもできなくなる。喜びを感じなくなる。故にエイドは魔王の座では無く、魔王となる自分以外の存在を求めた。

 しかし、その言葉を聞いたプレーナの脳内に、魔王として相応しい人物は浮かばなかった。魔王とは即ち、魔族の王。エイド以外に魔族の知り合いなど居らず、仮に魔族出なかったにしろ、魔王として人類と敵対する覚悟のある人物など、周りには居ない。

 戦闘力だけで言えば、エマは魔王として祭り上げても問題無い程度であろうが、決して、エマは魔王になることを望まない。寧ろそんな勧誘などすれば、誘いも体も断ち切られる。


「なら、私が魔王になる?」

「それも面白いけど、きっとなれない。もっと、心の底から人を憎み、心の底から人を愛する、矛盾に満ちた人でないと、私の望む魔王になんてなれっこない」

「人を憎み、人を愛する……なるほど、確かに私には無理ね」

「ええ。けど、私は直感した。新しい魔王はすぐに現れて、私もプレーナも、魔王の手下になるって。だからプレーナの誘い、乗ってあげる」


 エイドは、部屋の隅にぽつんと置かれた木箱の方へ歩み、木箱の上に畳んで置かれてあったドレスを手に取る。そのドレスは、プレーナ達が初めてエイドと出会った際に着ていたものである。エイドはドレスを纏い、ぐるりと頭を回し、左右に1回ずつ、首を傾けた。


「これも外しちゃお」


 エイドの足首には、魔法の発動を無力化する足枷が装着されている。その足枷は鍵が無ければ外せず、それでいて頑丈。鍵も用いずに力技で外すことも不可能と言っていい。しかし、エイドはその足枷を「外す」と言った。エイドの四肢は細く、足枷を壊すような腕力があるとは思えない。

 では如何にして外すのか。簡単な話、魔法で外せばいい。



 ピキッ!!



 エイドが軽く触れただけで、足枷は破壊された。正確には、円形の足枷の2箇所に大きなヒビが入り、割れた。力を加えた様子も無かった。それもそのはず。これは、エイドが発動した魔法によるものである。

 エイドは魔族の中でも逸脱した才能の持ち主で、加えて、体内の魔力量も尋常ではない。収容所の足枷は、魔族さえも封じてしまう程の力を持つが、エイドの魔法を封じるには、足枷は脆すぎた。否、足枷で封じるには、エイドの魔力は強すぎた。

 足枷を付けていても、エイドは魔法を使える。それは、リディアの収容所に収監された当日に証明されている。しかし、収監当日以降、エイドは1度も、収容所職員の前で魔法を使っていない。脱獄のつもりが無く、且つ敵対するつもりも無いことをアピールする為であった。

 しかしもう違う。エイドは、自らの意思で足枷を壊した。ドレスを纏い、足枷を壊したということは、この収容所から抜け出すことに決めた、ということである。


「その足枷、エイドには無意味なのね」

「ええ。勿論、この檻も無意味。この足枷もこの檻も、私の破壊魔法の前では、ただの脆い紙屑同然よ」


 そう言うと、エイドは少しだけ前へ歩き、自らを閉じ込める檻に軽く触れた。すると突如、格子状に作られた眼前の檻は、原型を留めぬ程にっと変形した。エイドが言った通り、変形した檻は最早金属製には見えず、紙製の脆い檻にしか見えない。

 檻を変形、というか破壊したのは、エイドの発動した魔法、破壊魔法によるものである。破壊魔法は、手で直接触れた物体を、その名の通り破壊する魔法である。破壊具合はある程度調整が効く為、軽く破損させる程度から、完全に破壊することまで可能。

 しかし、エイドが破壊魔法を使用した際、魔法の発動に伴う魔法陣の生成が行われなかった。本来、魔法陣を生成しなければ、魔法は発動できない。魔法陣とは言わば、魔法を発動する為の媒体である。だがエイドの場合は、媒体となる魔法陣を用いることなく魔法を使用できる。先代の魔王でさえ、魔法の発動の際には魔法陣を生成していた為、エイドが如何に逸脱した存在かが分かる。

 魔法陣を生成せずに魔法を発動する。そんな頭のおかしい現場を目撃したプレーナは、エイドの実力に驚愕するどころか、寧ろ引いた。


「立つ鳥跡を濁さず……壊したものは直しておこうか」


 エイドは、酷く変形した檻に手をかざした。すると、また魔法陣を生成することなく、新たな魔法が発動した。今回発動したのは、修復魔法。損傷したもの、破壊したものを、元の状態に修復する魔法である。エイドは修復魔法を用いて、自らが変形させた檻の修復を始めた。ぐしゃりと、酷く歪に変形した檻は、見る見るうちに、さながら萎んだ風船に空気を入れているかのように、徐々に徐々に、元の形へ戻っていく。


「破壊も修復も思いのまま……まるで神様ね」

「私が神様なら、とっくにこの世界を壊して、新しい世界に作り替えてる」


 大して意味も無い会話をしているうちに、歪んだ筈の檻は、凹みも曲がりも一切見当たらない、変形前の整った格子状に修復されてしまった。

 ほんの一瞬で頑丈な檻を壊し、たったの10秒あまりでそれを修復する。そんなエイドを見ていると、神が7日で世界を作ったという御伽噺も、案外、ただの作り物ではないのかもしれないと思えてくる。尤も、厳密には神が世界を創造したのは6日間であり、7日目は休んだのだが。


「さて、これからどうするの?」

「町長を殺す。私の育った村を蹂躙しようと企てるクズ野郎を、今日中に必ず殺す」

「……やっぱり、村によくない事が起ころうとしてたのね」

「エイドが話してくれたから、私も気付けた。本当に感謝してる」

「ありがと。そうだ、町長を殺して、ついでに私達に対抗する人間全員殺した後さ、ちょっと寄りたいとこあるんだけど、寄ってもいい?」

「勿論。私は私とエイドの声に従う。エイドが右を向けば、私も右を向く」


 人間達の中で、自らが半端者ハーフであると隠しながら生きることを辞めたプレーナ。そして、そんなプレーナと出会い、自ら檻を出る決意をしたエイド。

 2人の出会いが、行動が、新たなる魔王の誕生を促すことは、この時点、誰も予想しなかった。


「じゃ、行こっか」


 エイドが呟き、2人は暗闇の中を進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

reloaDream_再会は、異世界にて 智依四羽 @ZO-KALAR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ