第22話 勇者に憧れて、ユノは、#2

 息を切らし、汗を流し、切迫した雰囲気でやってきたプレーナ。これは只事ではない、そう感じていたエマだったが、事実はやはり、只事ではなかった。


「暴動? 一体何で……」

「いいから早く! 人が死んじゃう!」

「~っ! 転移魔法!!」


 エマは転移魔法を発動し、自身とプレーナ、ユノの計3人を、リディア内の噴水前まで移動させた。

 その直後、ユノとエマの眼前に、予想もしなかった光景が広がっていた。


「え……?」


 プレーナは、暴動が起きたと言っていた。人が死ぬとも言っていた。しかし、リディア内に移動してきたユノとエマの視界には、死体も、荒れ狂う暴徒も、殺伐とした空気も、全く映らなかった。人々はいつも通り、歩み、話し、営み、休み、普段と変わり映えの無い時間を過ごしている。

 それもそのはず、暴動などは起きていないのだ。


「暴動って……プレーナ?」

「……ごめん、嘘。あぁ、いや、あながち嘘でもないんだけど、ちょっと話がしたくて」

「……なに?」

「この町を見て。みんな何事も無く、自分の時間を過ごしてる。けどもしも、何の前触れも無く、突然この町が襲撃されたら……どう思う?」


 プレーナの言っていることは、ユノとエマの2人には理解できなかった。どう思う、と問われても、どうにか反撃する、という他に思いつかない。しかし、何故そんなことを、嘘をついて呼び出しておいて尋ねてくるのか。それがどうにも理解できず、ユノとエマは軽く困惑した。


「最近受けた暴徒鎮圧の任務、どこの村に行くか、知ってる?」

「詳しくは知らない。とりあえずリディアとかにとっては害悪になる存在が居る、とかしか聞いてない」

「そう……それ、それが問題なの。その任務を聞いた時には焦ったよ。そんで、詳しくその村のこと町長に聞いたら、案の定……私の故郷の村だった」


 ユノとエマは、半端者ハーフの村という存在を知らない。ユノに至っては、そもそもプレーナが半端者ハーフということも知らない。故に未だに、プレーナの言っていることを完全に理解できていない。


「私の故郷には、半端者ハーフしか住んでない。害悪なんて住んでない。けどこの町の人間……いや、人間は、私達を害悪と呼んだ」

「っ? ねぇ、待って。半端者ハーフって一体なに?」

半端者ハーフは混血の1種。1つの体に2つの血を、2人の自分を持つ。私はプレーナだけど、私の中には、ノワって名前のもう1人の私が居る。ユノには話してなかったね」


 ユノは、エマとプレーナ、2人と同じ部屋で暮らしている。言わば、この世界に於ける家族のようなものである……と、ユノは勝手に思い込んでいた。しかし実際には、エマは自らがスキル持ちであることをユノには話さず、プレーナは自らが半端者ハーフであることを話さなかった。斯く言うユノも、自らが異世界転生者であることを秘密にしている。これだけではない。3人には、互いに秘密にしていることが多い。

 この時、ユノは理解した。自分達は、同じ職場で働き、同じ宿舎で暮らすだけの、家族とは言えぬただの他人であったのだと。エマのスキル云々についての話を聞いた矢先の、プレーナの故郷の話、半端者ハーフの話。1ヶ月以上、同じ部屋で暮らしている関係ではあるが、互いに、互いのことを知らなさ過ぎた。


半端者ハーフはただ混血ってだけで、人間達からは汚物扱い。挙句、害悪って呼ばれて、暴徒鎮圧って名目で、村のみんなが殺されようとしてる…………ほんと、意味わかんない。けど気付いた。エイドが居てくれれば、きっといつか、私達が迫害されない日々がやって来るって」

「エイド?」

「そう。エイドが教えてくれたの。私の生まれた村に、近々不幸が起こるって。実際、こうして人間達は村の蹂躙を企ててる。エイドが教えてくれたから、私は今こうして、村を襲撃する前に


 その時、プレーナの目を見たエマは、ふと、既視感を覚えた。


「まさかプレーナ、魔王信徒にでもなるつもり?」

「信徒にはならない。魔王にもならない。ただ私は、プレーナの声と、自分の声にだけ従うようにする」

「まって、何する気?」

「人間を殺す」

「落ちついてプレーナ。私たちは……」

「落ち着いて? 私の故郷が、私の家族が殺されようとしてるのに落ち着けって? 寝言は寝てから言いなさいよ!」


 刹那、周辺に居た人々は、一斉にプレーナの方を見た。プレーナは、その可愛らしい容姿と、便利屋という立場的に、リディア内ではよく知られた存在なのだ。そして、普段プレーナはあまり大声を出さない、比較的大人しめな性格であることも知られている。

 故に、人々は驚いた。

 あのプレーナが、こんな町中で叫ぶなど、リディアの人々からすれば正直、考えられなかった。その驚きのあまり、人々は手と口を止め、雑踏と声に溢れていた町内は、噴水の音が聞こえるほどに途端に静かになった。


「エマ、ユノ……悪いけど、今日で私は便利屋を辞める」

「何処へ?」

「町長と、計画の加担者、それと、私達を迫害したやつ全員を殺す。もし私の邪魔をするなら……例え2人が相手でも、私は容赦しない」


 プレーナは沈黙した人波を掻き分けながら、2人から離れていった。そんなプレーナを、誰も止めようとはせず、誰も、追おうとはしなかった。


「けど、その前に……」


 プレーナは、町長の居る役場に向かう前に、1度足を止め、収容所のある方角を見つめた。

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