勇者に憧れて、ユノは、

第21話 勇者に憧れて、ユノは、#1

 なんで、魔王に憧れるの?


 いつの日か、エルに尋ねたことがある。ユノは、幼い頃から正義のヒーローに憧れ、誰かを助けられる人になりたいと常に考えてきた。困っているのならば、老若男女問わず、できる限りのことをやりたい。そんなことを、常に心の中で意識していた。


 どんな作品の、どんなに悪い人にだって、そうらざるを得なかった経緯がある筈よ。それに、誰もが信じる正義が、本当の正義だとは限らないじゃない?


 ユノは、その言葉に酷く感銘を受けた。感銘を受けたからこそ、ユノは憧れた。歪な正義などには振り回されない、真のヒーローになりたい、と。

 エルが、魔王というラスボスの背景を聞かせてくれたからこそ、ユノは、魔王と対峙する勇者に、正義に憧れた。





 しかし、夢を抱かせてくれたエルは、夢を共に抱いたエルは、愛を共有したエルは、もう、ユノの前には居ない。



 ◇◇◇



 リディア敷地外、更地。


「でやあああ!!」


 降魔を振り下ろすユノ。刃の軌道の先には、エマが居る。ユノは、仲間であり、友人であるエマに、意図的に刃を振り下ろしているのだ。さらに、ユノはスキルの加速アクセラレーションを発動しているため、その刃は並の速さではなかった。

 しかし、エマは刃の軌道を読むよりも先に、踵に力と体重を加えて横移動。転倒する覚悟でその攻撃を回避した。

 回避とほぼ同時に、エマはスヴェーネを振り上げ、ユノに対して攻撃を行う。回避の影響で若干バランスを崩しているものの、その攻撃はかなり正確で、恐らく、魔獣程度であれば致命傷となるであろう軌道と威力であった。


 加速アクセラレーション!!


 ユノは加速した状態で斜め後ろに飛び、エマの攻撃を回避。ユノが距離を空けた直後に、エマは空振りの遠心力を利用し、体を半回転。崩れていたバランスを立て直させ、両足で地面を強く踏んだ。


「ふぅー……やっぱ、ユノは強いね」

「でも私より、エマの方が強い」

「かもね。けど、そう遠くないうちに、ユノは私より強くなる。ほぼ確実に、ね」

「……前々から気になってたんだけど、エマって随分と察しがいいよね。未来予知でもしてるの?」


 ユノの問いに、エマはほんの少しだけ眉をピクリと動かし、スヴェーネを構えていた体から力を抜いた。そんなエマの様子に、「まさか本当に?」と、ユノは驚いたような顔を見せ、右手で握っていた降魔を、左手で握っていた鞘に収めた。


「まあ、いつかは話さなきゃって思ってた。良い機会だから、今日話しちゃおっか」


 エマは、近くの岩に立て掛けていたスヴェーネの鞘を取りに行き、一滴の血も着いていないスヴェーネを鞘に収めた。

 ユノとエマは、この更地を使って、特訓をしていたのだ。なぜ特訓をしているのかと言うと、近々行う任務にて、戦闘を伴うことが予想される為である。どんな任務なのかと言うと、所謂、暴徒鎮圧である。リディアの近くにある小さな村に、どうやら害悪となる存在が複数住んでいるらしく、その害悪を潰す為に、ユノとエマは任務に加えられた。

 この任務は、先日、町長から便利屋宛に依頼されたものであり、便利屋として断ることはできず、店主のグランツも渋々ながら引き受けた。

 そんな特訓の最中、休憩を兼ねて、2人は会話を始めた。その話題は、エマの戦い方について。

 ユノはこれまで、異世界来訪後初の戦闘の際、エイドの輸送任務の際、そして今回の特訓の際に、エマのその強さを目の当たりにした。

 まず、エマの剣技。愛剣スヴェーネを用いた一閃一閃は鋭く、それでいて重く、喰らってしまえば即座に死が背後に立つような必殺性を持っている。生前は剣技等については無知蒙昧で、そもそも竹刀さえも握ったことがないようなユノでも、エマの攻撃がどれほど凄まじいかは容易に理解できた。

 次に、エマの行動力。ユノには、異世界転生の特典として、加速というスキルを得た。現時点、ユノに勝るほどの速度で動ける人間はこの世界に存在しない。それほどまでに、加速は人間の限界を超えた尋常ではない力なのだ。しかしエマは、加速を使えないにも関わらず、並の人間以上に素早く動ける。実際、先日、家の中にまあまあ素早いゴキブリが現れた際には、ゴキブリに回避行動を取らせる間も無く一撃必殺の殴打を喰らわせていた。

 最後に、エマの判断力。初めてそれを実感したのは、エイドの輸送任務の日であった。エイドが収容所から外に出てくる際、エマは魔王信徒の襲撃を事前に予言し、結果的に魔王信徒達の計画を潰せた。

 その判断力。その予言。ユノはずっと気になっていた。なぜ、エマは襲撃を予知できていたのか。


「ユノはスキル持ちって知ってる?」

「スキルを持ってる人のこと?」

「そう。今まで話してなかったんだけど、私、スキル持ちなの。いや、別に秘密にしてた訳じゃないんだけど、話すタイミングが無くて……」


 エマには、魔法無効化というスキルが備わっている。しかしそれと同時に、「先読み」というスキルも備わっている。

 先読みというスキルはその名の通り、少し先の未来を把握する、という力である。先読みは大抵、エマの任意発動ではなく、突然、なんの前触れも無く発動する。例えば、魔王信徒が襲撃してくる直前にも、突然先読みが発動し、襲撃とそのタイミングを把握できた。

 先読みが突然発動した際には、エマに対して攻撃的な場面、エマにとって不利益な場面、或いはエマの望まない場面に遭遇することを予言することが多い。エイド譲受時の襲撃も、先程のユノの攻撃も、エマにとっては不利益なもの。故に先読みが発動し、エマは望まない未来を回避した。

 一応、任意で先読みを発動することもできるが、その際は、何月何日の何時いつ頃に起こるのかさえ分からないほどに、先を読み過ぎる場合がある。或いは、先を読んでみたものの、それは誰の何の得にもならないような、正直どうでもいい未来を見たりと、任意で使う分にはかなり使い勝手が悪い。


「…………ああ、なるほどね。なら、あの予言はスキルってこと」

「そう、なんだけど……なんだか随分あっさりしてるね」

「いやぁ……私もスキル持ちだから、自分と同じって思うとなんだか……驚きに欠ける、というか」


 ここにきて、ユノは自覚した。

 エマだけでなく、ユノも、自らがスキル持ちであることを明かしていなかった。


「あ、あぁ、そういうこと……もしかして、あの異常な速さって……?」

「スキル」

「……納得」


 エマは、初めてユノに会った日から、ユノの強さを理解していた。ユノが普通の剣士や格闘家以上に強いことも察していた。そして、ユノがスキル持ちであると知った今、エマは改めて、ユノという強い存在を把握した。


「スキル持ちって希少なのに、リディアには既に2人も居たなんて……知る人が知ったら泡吹いて倒れるかもね」

「そりゃ大変。じゃあスキル持ちだってこと黙っとこ」

「それがいいかも」


 雑踏も聞こえない静かな更地で、2人は空を見つめながら話をした。特訓をしていたことなどあっさりと忘れてしまうほどに、のんびりとした、穏やかな時間だった。


「…………ねぇ、ユノ」

「ん?」

「……実は、ずっと……」


 エマが何かを言いかけた。その時、リディアのある方角から、微かに、声が聞こえた。エマは言葉を詰まらせ、ユノと共に声の方へ振り向く。すると、遠くの方から、誰かがユノ達のところへ走ってくるのが見えた。腰の両側に剣を下げた、薄着の、低身長な誰か。それは、ある程度近づいた時点で判明した。


「プレーナ?」


 近付いて来ていたのは、プレーナであった。瞬間的に、エマは先読みを用いずとも何か嫌な予感がした。


「転移魔法!」


 エマは、咄嗟に転移魔法を発動し、自身とユノをプレーナの近くに移動させた。すると、突如2人が間近に現れたことに驚き、プレーナは一瞬転びそうになったが、瞬時に体勢を立て直し、足を止めた。

 プレーナは、走って来た為か酷く汗をかいており、息も荒い。そして、その表情は単に疲れたような表情ではなく、何かに恐怖を抱いているような、とにかく鬼気迫る表情と言う他無い焦り具合であった。


「急いで町に戻って! 暴動が……!」

「「っ!!」」

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