満月と新月

第19話 満月と新月#1

 魔族は敵だ!



 かつての、魔王軍対人類側の戦い。忌まわしき戦いの所為で、魔王と同じ種族、即ち魔族は、人類から酷く嫌われるようになった。

 魔族は、髪が青い。魔族という種族の血が濃ければ濃いほど、その青さは増し、より濃く、より鮮やかになる。故に混じりっけの無い純血の魔族ともなれば、その髪の美しさは他の種族等では比肩できない程になる。

 しかし、髪の青さが濃ければ濃いほど、人間達からは白い目で見られる。

 髪が青い、というだけで、人は「魔族の血だ!」と騒ぎ立て、迫害する。罵倒する者。蔑む者。石を投げる者。魔族の血が濃い者に対する態度は三者三葉であるが、迫害している事実は変わらない。


 人間は、青い髪をしている者が、大嫌いなのだ。


 故に。

 人間と魔族の半端者ハーフであるプレーナは、他の誰よりも、自分自身を嫌っている。




「まだ、私の事……受け入れないの?」


 光は一切無い暗闇、もとい、真っ黒な場所に、プレーナは立っていた。すると、背後から自分自身の声が聞こえてきた。しかしその声は自分自身プレーナではなく、プレーナの中に宿るもう1人の人格、ノワの声だった。

 プレーナとノワは、同一人物でありながらも、同一人物と言い切ることもできない。何せ、プレーナはプレーナ、ノワはノワの思考を持ち、互いに意識や心を共有しているわけでもない。

 今、プレーナとノワが居るのは、現実世界ではない。ここは精神世界、とでも喩えるべき場所。有り体に言えば、プレーナの心の中である。


「受け入れない。アンタさえ居なければ、私は普通の女の子として生きられた。本当ならアンタを殺して、私だけの体で居たい」

「けど残念ね。私はプレーナであり、プレーナは私でもある。私を殺すということは、プレーナ自身を殺すことになる」

「だからって言ってんの」

「殺したいなら、私達を産んだ張本人を殺しなよ。この1つの体を、新月ノワ満月プレーナ、2つの心に分けた張本人をね」

「殺したくても、それが誰だか分からない。だから未だに私は…………もういいや。ノワ、私はいつか、アンタを消す方法を見つける。私が生きて、アンタを殺す」

「楽しみにしてるよ。けど、実は生きるのが私で、死ぬのがプレーナになっちゃうかもよ」

「……うるさい……」



 ◇◇◇



 プレーナが目を覚ました時、既に日付は変わった、真夜中だった。ユノもエマも既に寝息を漏らし、街からも人の声は聞こえなくなっていた。

 ベッドの上で、3人が寝転がり、3人とも少し狭そうである。しかし、少なくともユノとエマは嫌そうな顔をしていない。勿論プレーナも、別に嫌ではない。


「私が死ぬか……ノワが死ぬか……」



 ◇◇◇



 翌朝。プレーナは、ユノとエマよりも早く起床し、身支度を整えた後、リディアの収容所へと向かった。客からの依頼ではない。個人的な用事である。


「便利屋のプレーナです。エイドと面会をしたいんですけど……」


 収容所入口に構えた職員と話をして、面会の承諾を得る。この収容所は、刑務所と同じで、然るべき手続きさえ終わらせれば、大抵の受刑者と面会ができる。

 今回、プレーナはエイドと面会をするために、この収容所を訪れた。これは思い立った行動であるため、ユノもエマも知らず、便利屋の店主であるグランツも知らない。


「いつもお世話になってます。担当を変えてご案内致しますね」

「ああ、いえ、大丈夫です。中の構造は粗方把握してますから、場所さえ教えてくれたら」

「承知致しました。受刑者エイドは……」



 ◇◇◇



 収容所の中は、酷く暗い。一般的な家屋や店であれば、電気を用いた照明を設置しているものだが、収容所に関しては電気の照明を設置せず、蝋燭の火だけが照明の役割を担っている。

 陽の光は入らないのか?

 入らない。正確に言えば、受刑者が収容されているエリアに関しては、光が入らない。何故ならこの収容所には、窓が無い。ただ、密室ではない。一応、受刑者や職員が窒息しないように、全部屋、全廊下に通じている通気孔がある。

 何故、ここまで陽が入らないのかと言うと、それは、この収容所の構造に問題がある。

 この収容所は5階建てで、うち、2階から4階が監獄となっている。1階部分は備品を収納してある倉庫と、収容所職員が事務作業を行う事務所がある。職員が使う部屋に関しては窓があり、晴れた昼間であれば、蝋燭の火など不要である。

 そんな1階から階段を上がっていき、収監エリアに入れば、そこはもう、陽の光が入っていない。1階から通じる階段は比較的傾斜があり、光が少し届きにくくなっている。故に階段の中盤にもなれば、すでに暗い。さらに、収監エリアと階段とを仕切る鉄製のドアが光を完全に遮る為、1度、収監エリアに入ってしまえば、次に外へ出る時まで、陽の光を浴びることは不可能。

 陽の光を浴びることが不可能な構造。故に、収容所内は暗い。もしも一斉に蝋燭の火が消えてしまえば、きっと、真っ暗で、誰も何も見ることができなくなる。


「うお! 女じゃねえか!」

「ぎひひ、良い体してやがる」

「はぁ、はぁ……」


 この収容所は、エリア分けされている。ざっくり分ければ、男性受刑者を収容するエリアと、女性受刑者を収容するエリア。さらに分ければ、有期懲役、無期懲役、終身刑、死刑、それぞれに該当する受刑者が、各エリアにまとめられる。

 現在、プレーナが歩いているのは、終身刑のエリア。このエリアは、男性受刑者が纏められた箇所と、女性受刑者が纏められた箇所があるのだが、プレーナは現在、男性受刑者が纏められた箇所に居る。何故ならば、このエリアは隣接されており、女性受刑者の纏められた箇所へ向かうには、男性受刑者の纏められた箇所を1度通る必要がある。

 ただ、プレーナが向かっているのは、男性受刑者を纏めた箇所と、女性受刑者を纏めた箇所のその更に先。特殊受刑者と扱われる、エイドだけが居るエリアである。


(うるさいなぁ……)


 エイドに会うためとは言え、受刑者の群れの中を歩いていくのは、少々辛い。プレーナは、10人中10人が美少女であると認める程度の容姿である。故に、収容所の中を歩くプレーナを見てしまえば、受刑者達は騒がしくなる。中には下劣極まりない発言をしている者も居るのだが、プレーナは無視。いつもよりも少し早歩きで、受刑者の視線の中を歩き続けた。

 それにしても、収容所の中は、臭い。通気孔こそあるものの、空気を一斉に入れ替える大扉や窓が無い為、空気と共に、匂いが収容所内に籠るのだ。

 排泄物や体臭、或いは食物の匂いが混ざった、それはそれは酷い匂いである。一応、収容所に入る直前に、嗅覚を鈍らせる魔法と、体に匂いが付くのを防ぐ魔法を、収容所職員により付与されているのだが、最早、収容所の匂いは、魔法では完全には防ぎきれないらしい。きっと、日本の某タレントをこの中に連れてくれば、「ヴゥウオエエェェ!」という、叫びにも似た嘔吐えずき声を上げるのだろう。否、魔法を付与していない常人であれば、臭すぎて高確率で嘔吐するだろう。


(あの向こう側にエイドが……)


 収容所内を暫く歩けば、1つの頑丈そうな金属扉の前に、槍を持った女性職員が立っているのが見えた。事前に、収容所の入口の職員から聞いていた、「槍を持った女性職員が扉の前に立っているので、その扉を開けて、蝋燭の火を頼りに進んでください」という情報から、すぐに、その金属扉の向こう側にエイドが居るのだと理解できた。

 対して、金属扉の前に立っていた職員は、堂々と歩み寄ってくるプレーナを警戒し、槍を握る手に力を加えた。


「お嬢さん、一体こちらへ何の御用で?」

「私は便利屋の社員、プレーナです。受刑者エイドとの面会にやって来ました。ああ、許諾なら既に得てますよ」

「…………失礼致しました」


 女性職員は軽く会釈をして、扉の前から少し動き、制服のポケットから金色の鍵を取り出した。その鍵は、金属扉を開けるために必要な鍵である。職員が、扉の鍵穴に鍵を刺し、90度ほど回転させると、扉からカチャンと小さな音が聞こえた。

 解錠された金属扉のノブを握り、職員は扉を開ける。少し重そうなドアの蝶番からは「ギィィ」という音が鳴った。


「この先には、蝋燭が等間隔で並べられています。その蝋燭に従い、決して逸れることなく進んでください。蝋燭の先にエイドは収監されています。面会時間は15分。15分が経過した時点で、強制的に退室して頂きます」

「分かりました。では、失礼します」


 蝋燭の明かりが等間隔で灯るエリアに、プレーナは踏み入った。

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