第18話 青髪のエイド#8

 アプテマにてエイドを回収した便利屋一行は、魔王信徒の襲撃という事態こそ起こったものの、無事、全員でリディアに帰還。帰還後、一行は早々にリディアの収容所へと向かい、予定通り、エイドを収容所へと預けた。さらには、ユノが捕らえた魔王信徒も収容所に任せ、便利屋一行は、重荷を下ろしたような気持ちで溜息を吐いた。

 依頼を達成した便利屋一行は、蜥蜴車から下り、各々自分の足で職場へと向かった。



 ◇◇◇



 職場にて、社長であるグランツに、本日の以来達成を報告。さらに、魔王信徒による襲撃の件に関しても、追加で報告した。


「魔王信徒の襲撃か……予期せぬ襲撃であったろうが、ウチの従業員が誰一人怪我を負わなかったのは幸運だった」

「もしもエマが居なかったら、多分、突然の襲撃に困惑して、少なくとも2人以上の犠牲者は出てたかもしれません」

「そうか。エマ、お手柄だった」

「……ありがとうございます」

「任務は遂行。みんな、よく頑張ってくれた。今日はゆっくりと休むといい」


 グランツの発言で、一同、体の力を抜いた。ゆっくり休むといい。それは実質的な、解散の宣言。エイドの運送に携わった面々は、これ以降、本日分の依頼は無い。即ち、後は各々、勤務外時間。帰って寝るも良し、店に買い物に行くも良し、或いは食事をするも良し。とりあえずは、今日の疲れを癒す。

 時刻は昼過ぎ。日が落ちるまでまだ暫く時間がある。朝が早かった為、時間が十分に余ることは予想できていた。故に各々、事前にやるべきこと、やりたいことを決めている。


「エマ、ユノ、もう行く?」

「行こっか」「うん」


 プレーナの問いに、ユノとエマは同時に応え、3人は職場を出ていった。他の面々も、次々と職場から出ていくのだが、男性陣だけは少しタイミングをずらし、グランツと会話をしていた。ユノ達はその会話の内容を聞いていない。


「ボス、今日運んだエイドって人、かなり美人でしたよ。これから面会に行きませんか? ボスもきっと心を奪われますよ」


 タイミングをずらし、女性陣が退店してから話した理由は、その話の内容が少々下卑ていたからである。男性陣は、エイドの輸送中に、ずっとエイドのことを監視していた。元々、不審な動きをしないように監視する役目があったが、そんな名目などどうでもよくなるほど、男性陣はエイドの魅力に心をときめかせていた。


「生憎、俺の心は既に奪われている。仮に、目の前に世界一の美女が現れようと、改めて俺の心を奪うには、その指の本数も魅力も足りない」

「へぇ……でも、ボスって未婚……でしたよね?」

「ああ。未婚だ。俺の心を奪ったその女の伴侶になるには、俺はまだまだ未熟だからな」

「ボスでもまだまだ未熟って……それ、どんな女性ひとなんですか?」

「一言や二言では語れないような、そんな女性やつだ。ほら、こんな話は終わりだ。さっさと解散しろ」

「はーい」



 ◇◇◇



 リディア収容所。リディアの収容所はアプテマの収容所よりも広く、収容された受刑者、職員共に多い。その理由として、リディア内だけでなく、リディア以外で捕縛された犯罪者達も収容されるのだ。ただ、近隣の街の犯罪者全てを収容するには、正直この収容所は広過ぎる。実際、受刑者が1人も居ないフロアもある。将来的な人口増加に備えての広さなのだろうが、それにしても、やはり広過ぎる。

 収容所の中は薄暗い。何故ならこの収容所は電気による照明を用いておらず、蝋燭を用いている。さらに言えば、牢獄1部屋あたりの蝋燭は、1本のみ。蝋燭の火では照らせる範囲は限られている為、部屋の半分は暗く、隅の方になれば真っ暗である。

 そんな収容所内の、今朝まで誰も居なかったフロアの牢獄に、エイドが収容された。左足首に足枷が装着されているが、何処にも繋げられていない。この足枷は、収容された受刑者の動きを封じるものではなく、魔法の使用を封じるものである。この足枷には、魔力を中和する力が備わっており、魔法の使用に伴う魔力の上昇に反応し、その高まった魔力を実質的に無効化する。即ち、この足枷が装着されている限りは、魔族と言えど魔法を使うことは困難を極める。


「ふぅん……アプテマの収容所より広いんだ」


 エイドが口を開く。すると、エイドの牢獄の前に立っていた収容所の女性職員が、「ああ、お前達受刑者には勿体無い程にな」と返した。受刑者故に、悪態をつかれることには慣れている。しかし、慣れているとは言え、ムカつかないとは言っていない。


「もし、いつか私が、真にここから出る日が来たなら……あなたも殺してあげないとね」

「はぁ? 出られるものか。その足枷がある限り、お前は魔法を使えない。魔王の元側近であるお前だろうと、決してな。では魔法が使えないお前は何だ? そう、ただのか弱いお嬢さん……いや、ガキだ」


 ガキ。その言葉にプチン、と来たエイドは▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒

 一瞬たりとも、職員はエイドから目を離していない。しかし、何故か、エイドは檻の中から消えていた。音も無く、消えていた。

 代わりに、エイドは職員の目の前に、いつの間にか立っていた。そして、職員は首に痛みを感じ、同時に、呼吸ができない事に気付いた。

 エイドは、檻から出て、職員の首を両手で締めていた。それも、親指を喉の窪みに押し込みながら。


「ァ、アアッ……! ァガ……!」


 首どころか喉が圧迫され、呼吸ができない。


「ゴブッ……ォエ……!」


 吐瀉物、というか、口から泡が溢れてきた。


きったな……」


 直後、エイドは手を離し、職員を解放。苦しみから解放された職員は膝から崩れ、全身を床に打ち付けた。さらに、首を刺激された為か、泡を吹きながら、嘔吐した。

 喉を解放されても、泡と吐瀉物が溢れる為、職員は未だ息を吸えていない。苦しみの中、息を吸おうと、何とか職員は口と鼻で息を大きく吸い込んだ。しかし喉と食道に絡んだ胃液がそれを拒み、職員は、胃液と唾液の混じった咳を響かせた。


「これを機に教えてあげる。私はエイド。元魔王軍の1人であり、魔王の側近を務めた者よ」


 嘔吐えずき、噎せ、視界が朦朧とする職員。しかし、その脳だけはまだ活発で、エイドの「側近」という言葉に反応した。


「知ってるでしょ。魔王は、側近の女に殺されたって。それ、私の事よ」


 かつて、魔王が存在した時代。魔王には、1人の側近が居た。その側近は、常に魔王の味方で、魔王に歯向かう者達を、魔王の代わりに粛清していた。それはそれは忠誠心のある、魔王にとっては大事な側近であった。

 しかし、魔王はその側近に殺された。料理に睡眠薬を盛られ、寝ている隙に、その首をがれた。

 魔王が死んだことで、魔王軍は事実上の崩壊。人類にとっての平和が訪れた。

 そんな、この世界の歴史に於ける重要人物、魔王の側近の正体は、エイドであった。


「魔王の側近を務めるくらいだもの。私は他の魔族とは質が違う。こんな足枷程度で、私の魔法は封じられない。この檻から出て、この街を終わらせることだって容易い。けど、私はそんな事しない。私が真にここから出るのは……新しい魔王が生まれた時よ」


 そう言うと、再びエイドは、一切音を立てず、目の前から消えた。今度は、檻の中に戻っていた。

 エイドが、一体どんな力を用いて、檻から出て、檻から戻ったのか。それは分からない。しかし職員は確信した。

 エイドを受刑者として拘束することは、不可能であると。エイドは、人類が管理するには大き過ぎると。


「さて、新しい魔王は、いつ現れるのかねぇ……」


 そう呟きながら、エイドは、獄中の壁面に設置された蝋燭の火を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る