第16話 青髪のエイド#6

 Emma:宇宙。万有。多才。



 ◇◇◇



「2人はこの場で始末する。プレーナ、戦えるよね」

「勿論。けど、2人ともっていいの?」

「1人でも生きてりゃ問題無し」

「はーい」


 エマとプレーナ。2人の前には、エイド強奪の為に現れた、2人の魔王信徒が居る。3人目の魔王信徒は、既にユノにより制圧済。さらには、収容所職員が縄を用意し、3人目の信徒を生きたまま捕縛した。

 魔王信徒達は、エイドを新たな魔王にする為に、収容所から出てくるこの日を待った。そんなことはとっくに察している。ただ問題なのは、誰経由、何経由で、エイドが出てくることを知ったのか、ということである。この日、エイドが収容所から出てくることを知らなければ、恐らく信徒は誰一人としてこの場に居ない。しかし実際には、3人も居る。それも、収容所の格子戸が開かれた千載一遇を狙って犯行に及んだ。こんなにも出来すぎていることが、ただの偶然とは思えない。確実に、誰かが情報を洩らし、その情報を元に信徒達が動いた。そうとしか考えられない。

 誰が情報を洩らしたのかは、ちゃんと追求していく必要がある。その誰かを聞き出す為に、捕らえた信徒は殺してはならない。しかしエマは、聞き出す為の駒は1人で十分であると考え、残りの2人、即ち自身とプレーナの目の前に居る信徒は、捕らえることなく殺してしまおうという結論に至った。


「我々を始末? 随分と面白いことを言う小娘だな」

「冥土の土産に教えてあげる。私の名前は小娘じゃない。私はエマ……エマ・レイヴンよ」

「ならこちらも名乗っておこう。私は……」


 言葉と名乗りの間に、信徒はローブのフードを捲り、隠していた素顔を晒した。


「魔族、デノン」


 フードの影から表れたのは、外見的には齢40程度の、顔が濃い代わりに髪が若干薄い中年男性であった。声の感じから抱いていたイメージと大体一致していた。ただ、誤算、というほどでもないが、デノンは普通の人間ではなく、魔族だった。事実、ローブの影から表れた毛量少なめの髪は、青い。エイドのような鮮明且つ美麗な髪ではないが、それでも、デノンの髪は純血の魔族を表す青色だった。


「私は純血だ。普通の人間である貴様に、私を始末できるかな?」

「……まあ、普通の人間には難しいだろうね。けど私達、普通じゃないから」


 そう言うとエマは、スヴェーネの刃を地面に浅く突き刺し、魔法を発動した。エマと、デノン、さらにプレーナと、プレーナと対峙する信徒の、計4人。その4人の足下に、魔法陣が表れた。


「予定変更! ユノ、そこで暫く待機!」


 魔族は、生まれてすぐに魔法を扱える。体に宿る魔力量が人間の比ではなく、その魔力を操る才能も人間以上。現存する魔法の殆どは魔族が作り出し、人間や他種族は、自分達の体にうようにその魔法を調整した。しかし調整しても、魔法自体は変わらない。魔法を構築、発動する際に出現する魔法陣も、調整したところで変わらない。変わるのはその色味と大きさくらいである。

 優れた魔族となれば、魔法陣を見ただけで、それが何の魔法なのかを理解できる。デノンは、自らを優秀な魔族であると自負し、実際、魔法陣から魔法を理解することなど容易である。故に、エマが発動した魔法も、自分達の足下に表れた魔法陣を読み取り、理解した。


「転移魔法だと!?」

「ここじゃない、別の場所で戦う!」


 デノンが驚き、エマが発言し、その直後、その場に居た4人の姿は、一瞬で消えた。魔法陣から漏れた緑の光が多少、残光として残った程度で、音も無く、本当に一瞬で消えてしまった。

 消える寸前、デノンは「転移魔法」と言っていた。故にユノは、4人が転移魔法により消えたのだと判断した。


「放置プレイは……好きじゃないなぁ」



 ◇◇◇



 場面は変わり、アプテマの外。長短様々な木々が狭く並び立つ、小さな林。その林は、アプテマの外、つまりはアプテマの敷地外にある。敷地外にあるということは、家屋も無ければ、人も住んでいない。鳥の鳴き声が聞こえ、木々の隙間を流れる風の音が響く。そんな林の中に、突如、4人の異物が現れた。

 エマと、プレーナと、デノンと、もう1人の信徒であるフォーノ。アプテマ収容所前にてエマが使用した転移魔法により、戦闘寸前だった4人が、林の中に移されたのだ。


「転移魔法を使うなど……貴様、一体何者だ!!」


 数多ある魔法には、ランクのようなものがある。そのランクが高くなればなるほど強力になるが、同時に、使用の難易度が高くなる。

 例えば、火を出す魔法や、水を出す魔法。俗に属性魔法と呼ばれるものは、ランクが低く、魔族でなくとも使用できる。才能さえあれば乳児でさえも使える。

 エマの使用した転移魔法は、属性魔法同士を組み合わせて出来上がった魔法を、さらに組み合わせ、さらに組み合わせ……を繰り返した先に出来た、高ランクの魔法である。人間も魔法自体は使えるが、高ランクの魔法を扱える人物は極々僅かであり、さらに言えば、その人物は高確率で魔族の血を引く。大抵、高ランクの魔法を扱えるのは魔族。それも、魔族の中でも優秀な個体のみ。

 しかしエマは、高ランク且つ希少な転移魔法を、魔族であるデノンの目の前で使用した。純血の魔族でも使用が困難とされる転移魔法を、青髪でもないエマが使用したのだ。

 デノンは、酷く困惑した。デノンは純血でありながらも、転移魔法を使えない。デノンだけではない。共にエイド強奪を計ったフォーノも純血の魔族であるが、転移魔法は使えない。

 混血ではない、純血としてのプライド。大理石よりも硬く、楠木くすのきよりも大きな、魔族としてのプライド。そんなプライドに、稲妻よりも歪で、海溝よりも深い、修復不可能としか思えない亀裂が走った。


「言ったはずよ。私はエマ。人間と人間の間に生まれた、ただの人間」

「人間だと……? 人間が転移魔法を使えるものか!」

「使えちゃうの。だって私、天才だもん」


 エマは、正真正銘、人間である。先祖が魔族の血を引いていた訳でも、或いは魔法の修行を受けていた訳でもない。ただ、エマは天才だったのだ。才能を幾つも抱えて生まれてきた、言わば、神童と呼ぶべき存在なのだ。


「ふざけるな! 貴様魔族だろう、魔族の血を引いているのだろう!?」


 デノンは、エマの発言を頑なに受け入れようとしない。そんな様子に、エマは呆れ、溜息混じりに発言した。


「だからぁ、私は人間なんだって。魔族の血を引いてるのは私じゃない。そっちのおじさんの前に居る、プレーナの方よ」


 エマの発言に、デノンとフォーノは驚愕のあまり、同時に目を見開いた。何故なら、魔族の血を引くのではという疑いを抱いていた対象であるエマではなく、そのエマと共に居た人物であるプレーナこそが、真に魔族の血を引く者だったのだ。驚いてしまうのは仕方の無いことである。


「エマ、それ言っちゃうといけなくなるんじゃない?」

「見せるかどうかはプレーナ次第よ。どうせこの2人、ここで死ぬんだし、見せたところで他の誰にも知られないでしょ」

「……はぁ……エマ、ちゃんと止めてよ?」

「分かってる」


 エマとプレーナの会話を聞きつつも、デノンとフォーノはただ黙っていた。会話に入る隙が無く、そもそも2人の会話の内容が理解できなかったのだ。


「はぁぁ…………ノワ、出てきて」







「すぅぅ…………あぁぁぁぁ…………」


 ノワ。そう発言し、一旦息を止めたプレーナ。数秒と経たぬうちに、プレーナは息を吸ったのだが、何とも下品に、「あぁぁぁ」と低い唸り声のような声を漏らした。その声は、確かにプレーナの声である。しかしプレーナが普段出している声とは少し違い、いつもよりも明らかに低い。


「っ!! まさか……!!」


 プレーナの声が変わったと思った途端、今度は、プレーナの髪に異変が起こった。金色だったはずのプレーナの髪が、頭皮側から青く変色していったのだ。その青は、原色に限りなく近い青で、純血の髪と言っても良いほどの色だった。

 先祖に魔族が居る人間は、その髪色は青系として産まれてくる。しかし青の要素は、魔族の血の濃さと比例し、血が薄くなればなるほど、髪の青い要素も薄くなり、段々と青から遠ざかっていく。

 プレーナは、金髪であった。青い要素など一切無く、魔族の血を引いているとは到底思えなかった。しかし、プレーナの髪は変色し、混血よりも明らかに濃く鮮明な、青い髪になった。

 普通の混血ではない。しかし、純血でもない。プレーナは、イレギュラーな存在なのだ。デノンは、すぐにプレーナのことを理解した。


「貴様、魔族と人間の半端者ハーフか……!」


 半端者ハーフ。それは、この世界に於けるイレギュラーであり、受け入れ難い存在である。

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