第15話 青髪のエイド#5

 バサッ!



 布地が風に煽られた音が響き、ユノ達は、一斉に動き始めた。その音の正体は既に分かっている。灰色のローブを羽織った3人組が、蜥蜴車を飛び越えて、自分達の目の前に降り立ったのだ。飛び越える際、ローブが風に煽られ、バサバサと音を立てたのだ。

 ユノ達は瞬時に理解した。この3人こそ、エマの言っていた襲撃者であると。

 襲撃者達は、開かれた格子戸の前に降り立ち、顔を出した職員に掴みかかろうとした。


「はぁあ!!」


 スキル、加速アクセラレーションを使用したユノが、降魔を鞘から引き抜きながら駆け出した。ユノの速さは人間の速さを軽く超えている為、襲撃者達は対応する術も無く、ユノの袈裟斬りを背中から喰らった。ただ袈裟斬りとは言え、ユノは敢えて峰打ちを選んだ為、流血はしていない。ただ速い峰打ちを喰らっただけである。とは言えその威力は抜群で、掴みかかろうとした襲撃者は、「んぎっ!」という短い悲鳴の後、その場に倒れた。

 1人が攻撃を受けたことで、残りの2人は瞬時に警戒態勢に入り、1人は右へ、1人は左へ逃げた。

 しかし、逃げた先で、1人はプレーナと、1人はエマと対峙。戦闘は避けられぬと判断し、2人の襲撃者は逃走を諦めた。


「襲撃か……!」

「職員さん! 早くこちらへ!」

「分かった! エイド、また会おう!」


 便利屋の導きにより、職員達はエイドを蜥蜴車の方へ向かわせた。エイドは予定通り蜥蜴車に乗せられ、ユノとプレーナとエマを残し、皆が一斉に逃げ去った。

 その様子を見ていたローブの襲撃者Aは、不愉快だと言わんばかりに「チッ!」と舌打ちをしていた。

 襲撃者Bは、対峙したプレーナの目をじっと見つめて、エイドの逃走には無反応だった。

 襲撃者Cは、ユノの袈裟斬りで甚大なダメージを負い、地に転がってその痛みに悶えている。そんな襲撃者Cに、ユノは降魔のきっさきを突き立て、「動けば殺すよ」と言い放った。


「そのローブ……魔王信徒ね」


 エマとプレーナ、否、この世界に住む種族達の半分以上は、この襲撃者達を知っている。厳密には、この襲撃者達が一体どのような集団なのかを知っている。

 灰色のローブを纏い、躊躇いなく人を襲おうとする神経。それらの要因を持つのは、魔王信徒しか居ない。


左様さよう。我々は魔王様に忠誠を誓い、きたるべき復活の日を心待ちにしている。それが何か問題か?」


 ローブを着て、フードで顔を隠している為、どんな容姿かは分からない。しかし声は随分と低く、枯れているような気もする。恐らく年齢でいくと、少なくとも40代以上であろう。


「復活? 死んじゃった魔王がこの世に蘇るとでも?」

「死者は蘇らぬ。アンデッドにでも堕ちれば話は別だが、魔王様は堕ちない。飽く迄も我々は"復活"を待っているのだ」

「…………ああ、そういうこと。先代魔王の代わりに、別の誰かを魔王として祀りあげる。その誰かってのがエイド……って訳?」

「左様。エイド様こそ、次なる魔王様になるべき存在なのだ。故に我々は、エイド様を奪いに来た」


 魔王の候補としてエイドが選ばれた。魔王信徒達のそんな思考に至れたエマだが、実はエマでなくとも、すぐに同じような考えに到れる。

 純粋な青色の髪。青系ではなく、青の髪。それは、魔族の証なのだ。魔族は、容姿こそ人間と全く変わらないが、魔族内には共通点がある。それこそが、髪色。この世界に於ける人間の髪の色は、諸々ある。その髪色のルーツを辿れば、そこには人間以外の種族の遺伝子がある。

 例えば、赤系の髪。今でこそ絶滅してしまったが、かつて存在した鬼の種族が、皆、赤い髪だった。その中で、鬼は人間と交わり、2つの種族の血を引く子供が生まれ、赤ではなく赤系の色の髪が出来上がった。その赤系の髪の子供が、また別の人や種族と出会い、交わり、また新たな髪色が生まれる。このように、ルーツとなる種族と人間との間に子供が生まれる度に、ルーツの髪色は徐々に変色していき、やがて、純粋な赤い色の髪は存在しなくなる。

 青系の髪のルーツは、魔族。魔族は共通して青い髪をしており、それが人間と交わり、生まれ、また交わり、生まれ、を繰り返していくウチに、魔族の血がかなり薄い、純度9割以上の人間が生まれる。即ち、街を歩いて出会う青系の髪の人間は、魔族の血を僅かに引いていることになる。

 そして、そこで問題になってくるのが、エイドの髪色である。エイドの髪は、純粋な青色。この色の髪を持つ個体が生まれるには、純粋な青色の髪の個体同士が出会い、交わり、子を産む必要がある。即ち、純粋な青色の髪を持つエイドは、純粋な魔族。人間の血が混じっていない、純度10割の魔族なのだ。

 魔王は元々、魔族の長。であれば、純粋な魔族であるエイドには、魔王の名を継ぐ権利がある。そんなエイドの前に魔王信徒が現れれば、それは最早、魔王への勧誘の他に考えつかない。


「生憎、そう簡単には渡せない。魔王なんて復活したら、またこの世界に血の匂いが充満する。また、命がいくつも犠牲になる」

「犠牲ではなく間引きだ。魔王様が統べる世界に弱者は必要無い。必要最低限、この世界を円滑に回せるだけの種族とその数があればいい」

気狂イカレてる……やっぱり、魔王も魔王信徒も、存在するべきじゃない」


 魔王信徒が常人ではないことは、前々から知っていた。しかし改めて、こうして対面し会話をすれば、尚更理解できる。魔王信徒とは、絶対に分かり合えないと。


「職員さん! そこにぶっ倒れてる奴だけ捕縛して! 他の2人はこの場で始末する!」


 エマの発言により、呆然としていた収容所の職員は動き始め、「始末」という言葉を聞いたプレーナは、軽く溜息を吐いた。

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