第14話 青髪のエイド#4

 アプテマの収容所前に到着して、58分と29秒。四捨五入すれば1時間が経過した頃、収容所前には、一時解散した便利屋達が再集合していた。実際には、この20分ほど前には既に集合していた。

 改めて、58分と29秒経過時点。収容所本館のドアが開かれた。この収容所の本館の周りには、半径50メートル程度の運動場がある。その運動場を囲うように、高さ2メートル程度のブロック塀が立てられ、収容所の敷地入口には、金属で作られた格子戸がある。因みにブロック塀の上には、有刺鉄線のフェンスが貼られている。

 本館のドアが開かれ、約50メートル。5人の収容所職員が、1人の受刑者を囲み、出入口へと向かってくる。その様子は受刑者の連行には見えず、寧ろ、1人の重要人物を護衛しているように見える。

 職員が囲んだ1人の受刑者。それこそが、今回の依頼にあった、エイドである。しかし5人が囲み、且つ地表に高低差も無く、代わりに距離がある。容姿は確認できない。


「みんな聞いて。けど、絶対に声を出さないで」


 エイドの到着を待つ最中、突如、エマが命令した。しかしその声は、その場に居た便利屋の面々と、御者、リザードにしか聞こえていなかった。


「敵が来る。この格子戸が開いて、職員が顔を出した瞬間に、蜥蜴車を飛び越えて私達の目の前に着地する。敵は3人。私とプレーナとユノが対応するから、他の皆はエイドを護衛、乗車させて、そのまま町の端まで逃げて」


 エマの言葉で、全員に緊張が走る。先に、エマが「絶対に声を出すな」と言っていたため、エマの言葉に誰も反応せず、ただ、何事も無いように、その場から動かない。それでも、走る緊張で空気がピリつき、全員、ちゃんとエマの言葉を聞いていたのが理解できた。

 ただ、ユノだけは、眉を顰め、少し訝しげな表情をしていた。何故エマは、これから訪れる戦闘を事前に把握しているのか。その理由がイマイチ理解できず、場に走る緊張を他所に、1人、頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。

 1歩、また1歩と、エイドと職員が近付く。そして1秒、また1秒と、襲撃の時が近付く。

 エマは、杖のように立てていた愛剣、スヴェーネの柄を右手で握り、ほんの僅かにその刃を鞘から引き抜く。

 ユノは、左手で常に持っていた愛刀、降魔の柄を右手で握り、エマのように少しだけ刃を鞘から抜く。

 プレーナは、腰の左右に引っ提げていた愛剣、双剣レイゼの柄を両手で握り、引き抜く。その際プレーナは、右手で左腰の剣を、左手で右腰の剣を引き抜いた。双剣レイゼは、スヴェーネや降魔のような特徴的デザインではなく、ただの、ごくありふれた剣と剣である。刃は銀色。鍔は金色。柄は黒い皮を巻いている。本当に、地味で、特徴の無い剣である。

 これからやって来る3人の敵に対し、ユノ、エマ、プレーナの3人が対応する。故に他の便利屋従業員達は、エイドを回収して逃げるまでのシミュレーションに集中し、が来れば即座に実行に移せるように緊張感を維持した。


(あれが、エイド……?)


 ある程度の距離まで近付き、ユノの目に、5人の職員に囲まれたエイドの姿が映った。しかし、エイドの姿を見た瞬間に、ユノ達は自らの目と、以来の手紙の内容を疑った。

 エイドは、収容所に閉じ込められた受刑者。つまりは、何かしらの罪を犯した者。故にユノ達は、見た目の厳つい筋肉質な男、例えば自分達が務める職場の社長であるグランツのようなムキムキ野郎をイメージしていた。ただ1時間前に職員から聞いた「エイドのことが名残惜しいと職員が騒ぎ始めた」という話から、ムキムキ野郎か、或いは、容姿端麗で口の上手いイケメンか、と考えた。

 しかし、違った。

 エイドは、女性だった。それも、150センチ代の低身長で、20代前半程の若さで、少しタレ目の優しそうな顔つきで、お嬢様という言葉が似合いそうな癖の無いロングヘア。とても受刑者には、犯罪者には見えない。さらに、エイドはフリル付きの黒いドレス(腋部分はユノの服と同じように切り抜かれている)を身に纏っていた。ユノの思い描く受刑者は、簡素な服を着ている。しかしエイドのドレスには、簡素という言葉が全く当てはまらない。寧ろ、職員の方が簡素な軽装備で、最早、どちらが受刑者なのかが分からなくなってしまう。

 そんなエイドの髪は恐ろしい程に青く、その瞳も、海が如く青い。そこでユノは、改めて思ったことがある。青い瞳の人には何人か会った(何なら同棲中のプレーナも左の瞳が青い)が、青い髪の人物には遭遇した事が無い。この世界に来て、赤や黄、紫、緑、色々な髪色を見た。強いて言えば、青系の髪色の人物なら何人か居た。しかし、それらの青系は皆、極端に青要素が薄かったり、紫に近かったり、緑に近かったりと、ハッキリと青だと言えるようなものではなかった。

 エイドの髪は、本当に青い。青系とかではなく、明らかな原色の青。そんな青髪に、緊張していたハズのユノ達の体から、ほんの一瞬だけ緊張が抜け、襲撃がある事さえも忘れてしまうほどに、魅入っていた。


「気を抜かないで。一瞬の隙が敗北を招くのよ」


 魅入るユノ達の心を察してか、呟くようで、それでいて抑揚の無い鋭い声で、エマはそう言った。するとその発言に、ユノ達は一斉に緊張感を引き出し、緩みかけていた表情と体勢をピシッと整えた。

 1歩、1歩、また1歩。5人の職員とエイドは、収容所の格子戸に近付き、遂に、格子戸の目の前に到着した。


「開門致します!」


 職員の1人が、手に持っていた鍵の束から、一際長い鍵を選び、格子戸を閉じていた大きな南京錠を解錠した。職員は外した南京錠を握り、少し後ろへ下がる。そして代わりに、別の職員が前に出て、開場された格子戸を「ギィ……」と開いた。


(敵が来る……!)


 開かれた格子戸は、1人の人間が通るのがやっとのサイズ。故にエイドを囲んだまま外へ運び出すには、先頭から1人ずつ、格子戸を過ぎて外へ出る必要がある。故に、扉を開けた職員が、まず、格子戸を抜けて外へ1歩踏み出した。


 そして遂に、エマが警告した状況が訪れた。

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