第13話 青髪のエイド#3
リディアを発ち、1時間と数十分。蜥蜴車の揺れに疲れた頃、ユノ達の目に1つの町が写り込んだ。その町が、目的の町アプテマであることは、初来訪であるユノにも容易に理解できた。何故ならば、よくある家屋や建造物よりも明らかに大きい、真っ黒な収容所がハッキリと見えた。
「アプテマ、到着」
とりあえず、一言。
アプテマの家、背が高い。
アプテマには鉱山があり、山中で得た採掘物を流しているため、住民1人あたりの年収がリディアよりも高い。故に、建つ家も2階建てや3階建てが多い。リディアは平屋が多いため、背の高い建物があれば目立つのだが、アプテマはその逆で、寧ろ背が高く無い方が目立つらしい。尤も、そんな家屋よりも巨大で、かなり目を引く収容所が町内にどっしりと構えているため、家屋の目立つ目立たないに関しては正直どうでもいい話ではある。
一行は、早速アプテマの収容所前へと向かい、職員との確認の後、エイドの譲渡譲受が行われる……はずだったのだが、
「あー……1時間程度お時間頂けますか?」
収容所前で待機していた収容所の職員が、苦笑いを浮かべながらそう言った。どうやら、エイドのことが名残惜しいと、職員の数人が騒ぎ始めたらしい。とりあえずは、1人ずつ順番にエイドと会話をさせて、各々ケジメをつけさせようと考えに至り、結果、エイドは暫く出てこれなくなった。
ただ、エイドが出てくるまでの待ち時間というのは、ユノ達にとって都合がよかった。1時間もあれば、多少ながらも観光ができる。加えておくと、蜥蜴車の揺れに疲れた体を少し癒せる。
「なら……1時間後、ここに集合。その間は自由行動ね」
「「「はーい」」」
その様子はまるで、遠足に来た小学生と、その顧問。
さてさて、冗談はさておき、期せずして面々は、アプテマの観光をすることとなった。とは言え、アプテマは観光地ではなく、リディア同様にただの町。観光とは言ったものの、それはただの休憩時間。食べたいものを食べ、飲みたいものを飲み、買いたいものを買う、ただそれだけの時間である。
「あれ? エマは行かないの?」
「私はここで待機してる。ユノ達はゆっくり休んできて」
「……うん、分かった」
ユノとプレーナは、蜥蜴車の中にエマを残し、2人でアプテマの町を探索した。
車内に残ったエマは、発言通り、待機していた。しかし、蜥蜴車の揺れが無くなり穏やかになったことと、車内から人が消えて静かになったこと、加えて朝の早起きが災いしたのか、待機を初めて5分もしないうちに、エマはうとうととし初め、気付けば眠っていた。眠っていながらも、愛剣のスヴェーネは肌身離さぬようで、いつでも刀身を晒せるように右手で柄を握っていた。
「ありゃ、寝ちゃってる」
蜥蜴車の中を覗き、プレーナが呟いた。プレーナの隣にはユノも立っているが、特に何も言うことなく、エマの寝顔を見て微笑んだ。
「じゃあそれは後で渡そっか」
「だね。先に他に配っちゃお」
ユノとプレーナは、蜥蜴車前方、御者とリザードの居る位置へと向かった。すると、プレーナは左手で持っていた袋から、牛乳瓶程の大きさのガラス瓶を取り出した。
「はい、御者さん」
プレーナは取り出した瓶を、待機していた御者に手渡した。ユノもプレーナと同じ袋を持っており、袋の中から同じ瓶を取り出した。しかしユノは御者ではなく、蜥蜴車を牽引していたリザードへと瓶を渡した。
その瓶には、飲み物が入っている。しかし瓶の見た目が牛乳瓶そのものであるものの、中に入っているのは牛乳ではない。中に入っているのは、味付き栄養剤。所謂栄養ドリンク。ただ、薬局やコンビニで売っているような栄養ドリンクではなく、この世界にある果物や野菜、その他諸々の素材を混ぜ合わせた、野菜ジュースのようなものである。味付き、と名にあるように、栄養剤には味付きと味無しの2つがある。味付きの場合は、甘いもの、酸っぱいもの、苦いもの、辛いもの、渋みのあるもの、等々、種族や個人の味覚に合わせるよう、いくつかの味が作られている。
「いいんですかい?」
「リディアからアプテマまで往復してもらうんですから、元気を付けてもらわないと」
「おお、これは有難い。ただ、元気を付けるには、お嬢さんの体が1番の栄養になるんですがねぇ」
「あんまり変なこと言うと殺しますよ?」
御者のセクハラ発言にも笑顔で対応するプレーナ。そんな2人の会話には耳も貸さず、ユノはリザードと会話をしていた。
「我々が頂いても宜しいのですか?」
ユノが乗っていた蜥蜴車を牽引していた2人のリザードも、味付き栄養剤を受け取っていた。リザードに用意したのは、辛いタイプの栄養剤である。リザードは種族的に、辛い味のものを好む。そのことをプレーナから聞かされたユノは、迷うことなく辛いタイプの栄養剤を購入した。
「勿論。私達を運んでくれてるんだもん。この位の返礼、あってもいいと思わない?」
ユノが乗っていた車両だけではなく、後続車を牽引していた計4人のリザードにも、ユノは栄養剤を購入、手渡した。
各車両の御者も、リザード達も、ユノの行動を不思議そうに見ていた。リザードと言えば、人々の脚として扱き使われている存在。そんな奴隷同然の存在に、栄養剤を奢る者は、正直、誰も見た事がない。
ユノは、この世界の人間では無い。故に、この世界の人間の感覚が、ユノには浸透していない。浸透していないからこそ、こうして、リザードに栄養剤を手渡した。それも、笑顔で。
リザード達は、一斉に感じ取った。ユノは、普通の人間とは違う。種族の壁を軽々く越えて、分け隔て無く接することのできる、常人以上の存在なのであると。
あんなにも憎らしいと感じていた人間の笑顔に、まるで、冷えきった心を優しく包まれたような。初めて、少なくとも人間に対しては初めて抱くような、やさしく、暖かい感情が、リザード達の中に芽生えた。
「ユノって、本当に変わってるね」
「ん?」
「普通、リザードに栄養剤あげる人なんて居ないよ」
「見た目が違ったって、種族が違ってたっていいじゃん。誰にでも、何にでも、極力平等に接しちゃえば、見た目や種族の違いなんてどうでもよくなるものよ」
ユノは、差別というものが大嫌いなのだ。
元を辿れば、それは小学生の頃。クラスメイトに、ロシア人と日本人のハーフの少女が居た。その少女は極めて可愛らしく、美しく、街を歩けば人の目を引いていた。しかし、それと同時に、「外国の血を引いている」というだけで、普通の人とは扱われず、まるで檻の中の動物を見るかのような、或いは穢らわしいものを見るかのような、酷く嫌な視線を向けられたこともあった。その少女は、日々、年々、その視線にストレスを抱くようになり、やがて、自殺した。
ユノは、その少女の友人ではなかった。ただのクラスメイト。ただ同じ学校に通う生徒同士だった。しかしそれでも、その少女の訃報には心を痛め、少女の悩みに気付けなかった自分自身を酷く恥じた。
故にユノは決めた。自分は、体に流れる血の違いや、肌の色の違いで、差別的思考は絶対に抱かないと。絶対に、差別的発言で、誰も傷付けないと。
「何処の誰とでも手を繋げれば1人前。
「……誰の言葉?」
座右の銘、ともあれば、きっと誰かの言葉なのだろう。そう考えながら、プレーナは問う。しかし、その答えは、プレーナの予想とは異なっていた。
「私の言葉。他人の言葉じゃダメって、私の大好きな人が教えてくれたの。この世界では私以外の誰も知らない、創作物の中の人なんだけどね」
あるアニメの、ある登場人物が言っていた言葉が、ユノの心に杭として刺さった。それからというもの、偉人の名言を引用することは無く、自らの言葉を信じるようになった。
語弊が生まれてはいけないため言っておくが、ユノは自らの知恵知識の全てを信じている訳では無い。何せユノは全知全能の神ではなく、人と人の間に生まれた、ただの人。
飽く迄も、他人の言葉に自らを委ねることを辞めただけである。それが例え親であろうと、教師であろうと、友人であろうと、偉人であろうと、委ねない。尤も自身にとって都合のいい場合と、相手がエルの場合は、それはそれで話が変わってくるのだが。実際、ティナの異世界転生の話には乗った。
プレーナは興味深かった。この世界では得に変わった性格をしているユノ。そんなユノを形作った、件の登場人物というものが酷く気になった。とは言え、プレーナは敢えて登場人物の詳細については追求せず、「ユノってば、本当に不思議」と返した。
「なら、半端者な私は、1人前には成れない、か」
そう呟くプレーナ。しかしユノはその言葉をハッキリと聞き取れず、そもそも聞こえなかった風を装い、無言で流した。
「…………っ!!」
すぅすぅと、車内で寝息を立てていたエマが、突如、鞘に収めたままのスヴェーネを構え、目を覚ました。寝起き故か、その目は血走っており、息も僅かながら荒い。
車内からの音にパッと反応したユノとプレーナは、エマが目を覚ましたのかと、車内を覗く。確かに、エマは目を覚ましていた。しかし、今にも剣を引き抜きそうな体勢をしていたため、何事かと、ユノとプレーナは急いでエマに駆け寄った。
ユノとプレーナが近付くよりも先に、エマはどうにか落ち着いたのか、空気を抜いた風船のように、ぺたりと、その場に座り込んだ。
「エマ、どうしたの?」
「怖い夢でも見た?」
ユノとプレーナの声に反応し、エマは軽く、首を横に振る。その後、エマは少し掠れた声で「なんでもない」と呟き、ユノとプレーナは、訝しげな表情を浮かべながら、首を軽く傾げた。
「もう1時間経っちゃった?」
「まだ40分くらい」
「そう……なら良かった」
「っ?」
寝過ごした訳ではなかった、ということに対する「良かった」との発言なのだろうが、その表情と声の出し方に少し不自然さを覚えたユノは、再び首を傾げた。
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