第12話 青髪のエイド#2

 この世界には、人間以外にも、リザードなどの人語を話す種族がある。その中の1つに、魔族、という種族が存在する。魔族は人間や他の種族よりも、体内に宿る魔力量が多い。加えて、魔法の仕様だけでなく、魔法を用いた研究なども行える。魔族は元々人間と同一であったが、時代の流れと共に分岐し、魔力が高い者達だけが、魔族として生きることとなった。時流の中で、魔族は人間との差別化を図るべく、人体の改造を行った。結果的に、魔族は角や、鋭い牙など、人間とは一線を画す身体的特徴を各々が得た。

 魔族は、普通の人間よりも若さを保ち、普通の人間よりも極めて賢い。故に魔族の個体は、普通の人間よりも、普通の生物よりも長生きする。人間種ならば、80年生きられれば上等。100年生きられれば、長寿を越して伝説扱いを受ける。しかし、魔族は違う。純血の魔族であれば、100年生きるのは当たり前。長寿と呼ばれる個体ならば400年は生きる。そんな魔族、実は、純血の個体が誕生する確率は低い。1個体が長生きする代わりに、繁殖能力が低いのだ。故に純血の個体が生まれれば、村全体がお祭り騒ぎとなり、その個体は、神童が如く崇められる。

 とは言え、そんな高頻度に純血の子は生まれず、生まれたとしても、体内の魔力量に肉体が押し負け、破裂して死んでしまう場合もあった。



 今から38年前。魔族が暮らす町に、1人の男児が誕生した。その男児は、魔族と魔族の間に生まれた、純血の魔族であった。村はすぐに騒ぎ始め、その男児を崇めた。男児はその後、成長の過程で、類稀な魔法のセンスを見せた。時には、誰も思いつかなかったような魔法を作り出し、誰もを驚かせた。


 そして今から18年前。この世界に、魔王が現れた。38年前に生まれた男児が20歳となり、自らの力を誇示し、王を名乗った。魔王の魔力は底知れず、魔王の力を誰もが恐れた。やがてその恐れは忠誠心を芽生えさせ、結果、魔族は勿論、他の種族さえも従えた。


 その、魔王に忠誠心を抱いた種族の1つこそ、今や車を牽引している、リザードだった。



 ◇◇◇



 当時、魔王の側近を務めていた女性により、魔王は死亡。そんな魔王の死後、忠誠を誓っていた種族達は、魔王と敵対した種族に従うこととなった。つまり、魔王という長を失った者達は、実質的に勝者達の奴隷となったのだ。

 力が強く、体も頑丈で、体力量スタミナが段違いなリザードは、人間達の足として扱われるようになった。しかしリザードは上記の通り力が強く、戦いになればかなり厄介な種族。故に、リザードには魔法の込められた鎖を装着させた。その鎖には、人間に危害を加えようとすると、体に耐え難い激痛が走る魔法が掛けられている。さらに、その鎖を握る相手の命令にも背けないようになっているらしい。

 やりすぎではないのか。そう思う人も居るだろう。しかし過去に、リザードは幾人もの人間を殺し、幾人もの敵対種族を殺し、数え切れない程の残酷非道な行いを犯してきた。種族そのものを完全に死滅、処刑したくなる程の恨みを、人間含め、かつて敵対した種族達全員に抱かせたのだ。だが人間達は贖罪の意味も込めて、敢えて処刑はせず、人間や他の種族達の役に立つように、リザードの体を最大限活かした。


「魔王の仲間だったからって……奴隷同然の扱いだなんて、酷い話ですね」

「お嬢さん、リザードは我々人間を何人も殺してるんですよ? 同情なんて」

「なら、人間は他の種族を殺してないんですか? リザードが人間を殺したように、人間だってリザードを殺したんじゃないんですか?」


 御者、牽引する2人のリザード、車内のエマ、プレーナ、その場に居てユノの声を聞いた人物全員が、ユノの発言に、多少の反応を見せた……が、誰もユノの発言を否定せず、ただ黙った。

 魔王が存命だった当時、リザード達は魔王の指揮下にあった。故に人間とは敵対し、人間を幾人も殺した。しかし人間も、自分達が勝利し、生き残る為に、リザードを幾人も殺してきた。

 人間を殺したなら、その罪として、人間の足となり働け。人間は、リザードへそう言った。しかし、もしも勝利したのが人間側ではなく魔王軍であったならば、その立場は逆転していたかもしれない。何せ、互いが互いを殺したのだ。

 ユノは考えた。人間には、リザードを奴隷同然に扱う権利など無いのではないかと。


「戦いが終わったなら手を握って、一緒に生きられる世界に導けばいいのに……何で、種族同士で上下関係が生まれるんだろ」

「……お客さん、我々が怖くないんですか?」


 突如、牽引していたリザードの1人が、ユノに声をかけた。少しこもったような、低くあれど、車輪の音にもかき消されないような力強い声だった。


「怖いだなんて思ったことないですよ。その硬く分厚い皮膚、鋭い目や牙、私達をこんなスピードで運んじゃう力……怖いどころか、寧ろカッコイイじゃないですか」

「「っ!!」」


 まるで、女神にでも微笑まれたかのような。

 まるで、慈悲深い修道女に諭されたような。

 まるで、白くて暖かい光に包まれたような。

 とにかく、リザード達にとって先程のユノの発言は、嬉しいとか、有難いとか、そんな感情では到底言い表せないような、そんな言葉だった。

 戦後、リザードは馬車馬が如く働かされ、奴隷のように扱われ、それでいて、町の人達からは酷く迫害されてきた。子供は、怖い怖い、と泣き叫ぶ。大人は、化物、と呟く。老体は、魔王の手下、と揶揄する。そして老若男女問わず、小石や枯れ枝などを投げては、リザード達に精神的な傷を負わせてきた。リザード達にとって、人間は敵だった。しかし敵であっても、反抗などすれば、魔法の込められた鎖により激痛を伴う。とは言え、自害などするつもりもない。ただ淡々と、黙々と、仕事をしていればよかった。

 だがたった今、2人のリザードは、酷く嫌っていた筈の人間に、希望を見た。リディアの出身でも、リディアの育ちでもない、ただの余所者であるユノの言葉に、顔を上げた。


「お、お嬢さん、それ、本気で言ってんのかい? こいつらはリザード、人に似た蜥蜴なんですぜ?」

「だから? 種族が違うから差別しろって? 生憎私は、差別って言葉も、何かを差別する人も嫌いなの。もしも、リディアに住む人全員がリザードを差別迫害するなら、私は、その人達全員を敵に回す」

「……随分と、変わってらっしゃる。お嬢さんなら、半端者ハーフとだって友人になれそうですな」


 ユノの目と言葉からは、冗談や誇張などは感じられず、御者は思わず顔を伏せた。きっとこのまま会話を続ければ、ユノは怒りを顕にすると、直感的に理解したのだ。


「ユノ、その辺にしときなよ。それと御者さん、半端者ハーフを侮辱するなら私はアンタを許さない。もう二度と、そんなことは言わないように」


 ユノと御者の会話の最後に、御者は「半端者ハーフとだって」と言った。その言葉は、リザードに対する言葉以上に差別的であった。それ故か、その発言を聞き逃さなかったプレーナが会話に割って入り、御者に追い打ちをかけた。

 この世界には、半端者ハーフと呼ばれる存在が居る。半端者ハーフとは、種族Aと種族Bの間に生まれた存在のことを指してい。即ち、2種の生物の遺伝子を持って生まれた個体である。何故、半端者ハーフという存在が差別的意識を持たれるのか、というのは、追々語られることになる。


「ユノもプレーナも落ち着いて。輸送前とは言え、今は依頼の最中よ」

「分かってる」

「はぁい」


 これ以上、差別云々についての会話は続かず、ユノ達は大人しく蜥蜴車に揺られ、御者は額に汗を滲ませた。そんな中、牽引する2匹のリザードだけは、心做しか、少し嬉しげな表情をしていた。

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