青髪のエイド

第11話 青髪のエイド#1

 11月17日。ユノが異世界に、リディアにやって来てから、1ヶ月が経過した。この間ユノは、理想的な異世界生活を、十分には過ごせていない。便利屋に就職したものの、便利屋としての仕事も、それほど面白くはなかった。

 ある日は犬の散歩。

 ある日は迷子猫の捜索。

 ある日は掃除の手伝い。

 ある日は人員不足の補欠。

 来る日も来る日も、受ける仕事は異世界らしからぬものばかり。エマと初めて出会った日、エマは、蜥蜴車の護衛をしていた。故にユノも、エマ同様に、護衛などの戦闘を伴う仕事ができると考えていた。しかしユノには1度も、護衛の仕事は回ってこなかった。何故ならば、護衛の依頼が入った日は、大抵、既に別の仕事の予定が入っているのだ。戦闘を伴う仕事の依頼自体は、決して低頻度では無い。ただただ、ユノの間が悪いだけなのだ。

 日々、悶々と、鬱屈とし、戦えないストレスを溜め込んでいた。

 そんなある日、遂に、戦いを伴うような依頼が入り、ユノは、雲が晴れたように活き活きと、露骨に元気になった。

 依頼内容は次の通り。


 11月18日の午前6時。蜥蜴車運営所にて集合。

 集合後、アプテマへ向け出発。アプテマ内の収容所前にて、所長よりエイドを譲受。後に、即刻リディアへ帰還すること。輸送の間、最低5人は決してエイドから目を離さず、魔獣出現の際には決して近付けないように。


 依頼主は、リディア内にある収容所の所長。アプテマとは、リディアから見れば隣町となる場所である。ただ隣町とは言えど、リディアからアプテマまでは10キロ程度離れている。アプテマはリディアと比べると随分と狭い町で、人もリディアより少ない。ただ、アプテマには希少な鉱石が採取できる鉱山がある。採掘した鉱石等の売却による収益が多く、住人1人あたりの収入はリディアよりも多い。

 そんなアプテマには、リディアと同じで大きな収容所がある。その収容所には、エイドという名の受刑者が収容されているらしいのだが、急遽、エイドをリディア側の収容所に移動させることとなったのだ。どうやら、収容所職員の大半が、エイドの美貌と声に魅了されてしまい、仕事が疎かになっているらしい。故に、エイドをリディア側へ移し、その間にアプテマ側の職員を正気に戻す。そしてリディア側の職員が複数人、エイドに魅了されてしまった時点で、再度、エイドをアプテマに移す。らしい。

 そのエイドという受刑者が一体何者なのか。それは聞かされていない。 しかし、職員の大半を魅了してしまうような相手であるため、油断禁物という言葉を肝に銘じておく必要がある。

 便利屋で、今回の依頼に参加するのは10人。うち5人が女性であり、残りの5人は男性。そして、その5人の女性のうち3人は、ユノと、エルと、プレーナであった。因みに指揮はエルが執る。


「えー、じゃあ私とプレーナ、それとエルは、先頭車両で魔獣の襲撃に備えながら、進行方向とその周辺の監視。セシリー、ミシェル、ボルド、キース、ネイルの5人は、中間車両でエイドの監視。テズとベインは後方車両で、襲撃とか追跡に備えて。アプテマに向かうまでは、監視は多分必要無いから、最低限戦う準備だけして体を休めておくこと」


 蜥蜴車を3台用い、先導且つ前衛の守備担当、中間でのエイド監視担当、後衛の監視と守備担当の3つに分かれる。本当ならば中間車両の両隣にも蜥蜴車を配置したかったらしいが、流石に人員が割かれ過ぎる上、そもそも他の職員達は別の依頼に出向いている。よって今回は、エイドを載せる車両の前後だけを固めることにした。

 今回、便利屋が受けた仕事は、収容された人物、即ち罪人であるエイドの移動。しかし罪人の移動というには、随分と護衛が強固な気がする。罪人の輸送というよりも、まるでVIP客の護衛、或いは高額な物品の輸送に近い。

 これから出会うこととなるエイドという人物が、一体どんな人物なのか。これだけの護衛を付ける価値があるのか。ユノを含めた便利屋職員達は、エイドという人物が、酷く気になり始めていた。


「それじゃ、行くよ!」


 エルの指揮で、職員達は各々が担当する蜥蜴車に乗車。エルの乗った先頭車両が発進し、後続の車両も発進。車3台、職員10人、御者3人、リザード6人による、アプテマへの移動が始まった。



 ◇◇◇



 リディアを発ち、30分が過ぎた頃。蜥蜴車の中で、のんびりと到着を待っていたユノが、ふと思った。そしてその思ったことを口にするべく、車の中から、御者の座る先頭の座席の方へ顔を出した。


「リザードのみなさんって、普段どんなことしてるんですか? 休みの日とか、仕事の合間とか」


 この世界に於ける移動手段である蜥蜴車は、その名の通り、リザードが牽引している。そこでユノは気付いたのだが、牽引する場面以外で、リディア内にいる間、リザードと遭遇したことがない。タクシードライバー等であれば、プライベートでは私服を着ているため、見分けられるはずが無い。しかしリザードの場合は、衣類云々以前に、人の容姿ではない。そのことが何となく気になり、蜥蜴車に乗っているこの機会に、少し尋ねてみた。その問いに答えたのは、牽引するリザードではなく、リザードに装着した鎖を引く御者だった。因みにその御者は、よく見ると、異世界転生初日に、ユノに声をかけた御者だった。どうやら御者の男はユノを覚えていたようで、リディアを出る前にも、「ああ、あの時の旅人さん」と、ユノに挨拶をしていた。


「リザードは普段、運営所の宿舎に住んでるんです。そんでもって、常に体に鎖を付けて生活をしてます。付け加えておくと、リザードは牽引の時以外、宿舎からは出ません」

「どうしてなんですか?」

「宿舎から出してしまうと、町の人が怯えてしまうんです。リディアだけではありません。どの町に行けど、鎖も付けていないリザードと遭遇すれば、誰だって怯えてしまいます」

「怯える?」

「……そう言えば、かなり遠方から来られたんですよね。では、知らないのも無理は無い。これを機にお教えしましょう。リザードは、こうして車を牽引する立場になるもっと昔……」


 若干、言葉を詰まらせた御者。同時に、車を牽引していた2人のリザードが、少しだけその表情を曇らせたように見えた。


「魔王軍の手下の一種だったんです」

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