第8話 ユノ、住み着く#2

 便利屋で働くことが決まったユノは、エマに案内され、これから住み着く宿舎に向かった。宿舎は、便利屋から徒歩2分程度の場所にある。木造2階建てで、最低限木目を隠す程度に薄く黒の塗装がされた、派手さに欠ける、何とも地味な建物だった。建物の外観からすぐに理解できたが、その宿舎は1階と2階にそれぞれ4つずつ部屋があり、アパート的なニュアンスで1人から複数人で一室に住むらしい。

 エマ曰く、全ての部屋に住人が居るため、相部屋を余儀なくされるらしい。とは言え、この宿舎は女性専用であり、男性は居ない。相部屋となったところで、ユノにとってはあまり苦ではない。

 そもそもユノは、転生後暫くは、馬小屋か廃墟で寝泊まり、或いは野宿を余儀なくされると考えていた。衛生面に問題が表れるようなことも想定していたが、こんなにも早く住処を得られたのは、正直幸運だった。野宿などに比べれば、相部屋など全くもって嫌では無い。


「さて、ユノは相部屋になる訳だけど……相部屋相手を決めて。私か、私以外か」

「んんん? 何か凄く聞いたことがあるようなセリフ」


 某美形カリスマホストが言ってそうなセリフを吐いたエマ。勿論、この世界にロー○ンド様は居ない為、例の名言も存在しない。飽く迄も、エマが偶然にも、名言に似た発言をしてしまっただけである。


「ああ、因みに私は私でルームメイトが居るから、ユノが入れば3人になるよ」

「んー……まあ、どうせだし、エマと一緒がいいかも」

「はいよ。私達の部屋は、2階の6号室。鍵は後で渡すね」


 エマの後に続き、ユノは宿舎へと到着する。2人はすぐに、宿舎の階段を上り、2階の一番奥の部屋、6号室の前にたどり着く。出入口のドアには表札が2枚貼られており、1枚は「エマ」、1枚は「プレーナ」とな書かれている。このプレーナというのが、エマの言っていたルームメイトなのであろう。

 エマは、着用していたジャケットの胸ポケから、銀色の、これと言って特徴の無い鍵を取り出し、その鍵をドアの鍵穴に差し込み、解錠した。

 ギィ……、と、ドア小さく鳴き、これからユノが住むこととなる部屋が眼前に現れた。


「ここが宿舎、私と、同業者のプレーナ、そして今日からはユノの部屋」


 異世界、というだけあり、生前に居た世界の文明とは異なる。それは分かっていたため、きっと、照明は蝋燭の火などを用いるのだろうと、ユノはそう考えていた。しかし、入室前に、室内の天井から照明がぶら下がっていることに気付いた。その形状と、照明から下がる紐を見て、すぐに理解できた。この世界では既に、電気と、電気の扱い方と、電気を利用した家具の生産に成功しているのだと。よくよく考え、外を見てみる。路上には街灯が立っているが、蝋燭の火などは見えず、そもそも蝋燭立ても無い。街灯にも、電気を用いているのだ。

 この世界に、トーマス・エジソンは存在しない。しかし、トーマス・エジソンと酷似した功績を遺した偉人ならば存在する。その偉人以外にも、幾人もの偉人が存在し、その偉人達の手により、この世界の文明が今に至った。とは言え、0から1を作り出すことは不可能である。何の予兆も無く、蝋燭の火で生きてきた者の一人が、電化製品の製造に至れるはずがない。

 ユノは考えもしなかったが、それらの偉人は皆、この世界の住人ではない。それらの偉業は、この世界の住人のものではない。それらは全て、ティナ達、即ち幾人かの神が関与し、時に、ユノのようにこの世界へ送り込まれた者達が成し遂げたものなのだ。今後、異世界転生を果たす者の為に、先人と神々が作り出してきた文明なのだ。

 そんなことが可能なのか。可能でなければ、そもそもこの世界はもっと文明が廃れていた。ユノが生前に居た世界、そして今現在存在している世界、さらにその他、諸々、無数に存在する異世界は、時間の流れが異なる。世界Aで1年過ぎても、世界Bでは数日しか流れていなかったり、或いは世界Cでは5年近くズレていたりなど、全くもって異なるのだ。

 この異世界を、この文明にまで発展させるために費やした幾年もの時間は、我々の住む世界にとっては、一瞬にも等しい僅かな時間であった。しかし今、我々の世界と、この異世界との時間の流れは、少し近付いている。全く一緒、という訳では無い。何故なら、ユノが木陰で目を覚まし、宿舎に到着するまでの1時間と少しは、我々の世界で言えば数分に等しい。

 この時間の流れの変化は、偶然では無い。ティナが、即ち神が意図的にずらしたのだ。何故そんな事をしたのか。それは追々語られる。


「……なんか、普通の部屋」


 電灯だけではない。

 湖や川で体を洗っていた先住民の為に、自宅で簡単に熱い湯に浸かれる風呂を作った。

 排泄物の処理が中世並みであり、衛生面が最悪だった為、トイレとその使用方法、さらに汚水の処理器具さえも製作し、衛生面を大きく改善させた。

 簡素で、すぐに破れてしまう布切れを着ていた先住民の為に、現代に寄せた衣類の作り方とその種類を提示した。

 これまで、先住民が至ってきた知識もある。そのような知識は極力尊重し、それ以外、即ち明らかに不便な箇所だけを発展させ、この世界をより良くした。そんな、改善に改善を重ねたこんな異世界に来れたユノは、案外幸運だった。

 尤も、異世界転生したユノにとっては、少し物足りない気もする。なんと言うか、文明の齟齬が思った程に無く、新鮮味に欠けた気がしたのだ。


「どんな部屋想像してたの?」

「天井見たら蜘蛛の巣があって、歩く度にギシギシ音が鳴って、お風呂もトイレも無いような部屋?」

「劣悪にも程があるでしょ。ユノってば今までどんな街で生きてきたの?」

「それは、ヒ☆ミ☆ツ♡」

「……あっそ。まあいいや、入りなよ」


 ユノの態度に若干呆れ(苛つき?)つつも、エマはユノに入室を促す。促しながら、エマは玄関で靴を脱ぎ、ユノよりも先に入室して先導を続ける。

 ここでも、ユノは少し予想と違っていた。

 何度も言うが、ここは異世界。外国と言っても過言ではないであろう場所である。そして、ユノの中にある「外国」への偏見イメージとして、室内で靴を脱がない印象がある。靴を脱がずに床の上を歩き、靴を脱がずにベッドに横になる。玄関で靴を脱ぐ日本とは明らかに違う、そんな印象なのだ。因みに、こんな印象を抱いたキッカケは、アメリカをモデルにした某ゲームである。そのゲームではシステム上、就寝=保存セーブだったのだ。そんなゲームをやっているウチに、海外では「自宅内でも靴を脱がない」という偏見が宿った。

 今居るこの世界ではどうかのか。そう考えたが、エマが玄関で靴を脱いだ時点で、ここは日本と同じということに気付いた。というかそれ以前に、既に玄関に靴がワンセット脱ぎ捨てられていた。尤も、靴を履いたまま生活をするのは少し抵抗があったユノにとって、このシステムは少し嬉しくもあった。

 ユノは玄関で靴を脱ぎ、エマの後ろに続いた。玄関に靴が脱ぎ捨てられていたことから察するに、室内には、同居人のプレーナが居るのだろう。そんなことを考えながら、ユノは、エマと共にリビングへ入室した。

 リビングの床には、布製の青い絨毯が敷かれていた。壁面と絨毯の間から除く床は、どうやらフローリングのようで、この世界は、局部的に現代の文明に匹敵するのだとユノは確信した。とは言え、テレビや固定電話、或いはパソコン等は流石に存在しない。

 3人が暮らすには少し狭いようなリビングには、1台のベッドと、背が低い木製のテーブル、後はドレッサーと3段の棚があるだけで、他に目立つ家具は無い。

 ザラザラとした白い壁面にはフックが貼り付けられており、そのフックには、麻紐で束ねたB5サイズくらいの紙束が掛けられている。その紙束の一番手前の紙には、「10月18日、午前9時、大噴水前」と書かれている。恐らく、便利屋としての仕事の予定なのだろう。


「あれま、寝てる」

「っ!?」


 先導するエマがベッドの方を見て、そう言った。その発言に釣られたユノもベッドの方を見たが、その直後、ユノはベッドから急いで目を逸らした。

 ベッドの上で、1人の女性……というか少女が眠っていた。

 年齢は、見た限りユノと同世代。背はユノよりも低めで、体型的には、ユノよりも細い。腕も脚も細く、さらに言えば、転生前のユノよりも貧乳。即ち、まな板、である。

 髪の長さもユノと殆ど同じだが、髪型は異なり、髪の先端は、所謂パッツン。市松人形とまではいかないものの、それでも、見事なパッツンである。髪色はユノと同じ金髪という括りになるが、ユノの場合はライトゴールドで、この少女の場合はホワイトブロンド。色味が違う。

 そしてその寝顔。控えめに言って、超絶可愛い。生前はエル一筋だったユノであるが、そんなユノでさえもしまう程の可愛さだった。

 しかし、そんな超絶可愛い美少女から、何故、ユノは目を逸らしたのか。それは、その少女の眠る姿にある。


「寝てるけど、この子がルームメイトのプレーナ……って、どうしたの?」

「いや、だって……その格好……」

「……ああ、恥ずかしいのね」


 眠る美少女こそ、これからユノのルームメイトになるプレーナである。が、しかし、プレーナとの出会い方は、全く想像していないものだった。

 美少女プレーナは、全裸で寝ていた。

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