第6話 ユノ、異世界へ#6
異世界転生完了後すぐに、魔獣相手に初陣を白星で飾ったユノは、改めて御者の厚意に甘え、街まで運んで貰えることとなった。蜥蜴車には屋根があり、カーテンも付いているため、日光を遮ることもできる。しかしユノも、同乗者のエマも、カーテンを閉めることを拒み、流れてゆく外の景色を眺めていた。
延々と続いた、カタバミの茂った平地は、いつしか見えなくなり、今現在窓の外を見ても、乾いた大地と、少し遠くの方を流れる大きな川しか見えない。
「ねえエマ、さっきの魔獣、街に運んでどうするの?」
景色を楽しみながら、ユノはエマに問う。実は、ユノとエマが殺した3匹の魔獣の死骸は、最後尾の蜥蜴車に積み、街に持ち帰っている。ユノはてっきり、殺した魔獣はその場に放置し、土に還る時を待たせるだけだと思い込んでいたが、どうやらこの世界では、土に還る時を待つだけではないらしい。
「魔獣の死骸は、
魔獣は、普通の動物よりも圧倒的に頑丈で、圧倒的に強い。故に魔獣から受けられる恩恵もある。
まずは、皮膚。前述の通り、魔獣は普通の動物よりも頑丈であるため、その皮膚の耐久性も高い。その皮膚を加工し、革製品へと変化させれば、普通の革製品よりも明らかに長持ちする。
次に、筋肉。ベースとなった動物が草食動物であっても、魔獣となれば雑食へと変化し、肉も食す。草食動物の肉と肉食動物の肉では、その味に大きな違いが生まれ、人間にとって、肉食の肉は大味そのもの。場合によっては匂いも酷い。故にこの世界では、魔獣の肉は匂い消しを行い、乾燥、或いは燻製にし、備蓄へと変化させる。然るべき調理さえ行えば、魔獣の肉と言えど問題無く食べられる。寧ろ、草食の肉には無い独特なコクと弾力などが作用し、魔獣の肉を好んで食べる人も少なくない。
次に、骨と牙。共に筋肉や皮膚よりも固く、加工し、武具や装飾品に用いられる。
最後に、内臓。内臓に関しては、肉と一緒で、主に食用として重宝されている。ただし、内臓は肉以上に匂いがキツく、調理の工程を少しでも間違えば、即ダメになる。もしも食用にならなければ、後はもう廃棄しか無い。
生け捕りの魔獣、或いは魔獣の新鮮な死骸は、案外捨てるところが無い。故に魔獣が出現すれば、それは脅威には見えず、寧ろ商売道具やら生活必需品として見えてくる。
この世界は、現代ほどに発展していない。ビルのような背の高い建物もなければ、パソコンやらテレビといったものも存在しない。中世、が最も近いかもしれない。とにかく、この世界に於ける文明は、現代以下である。しかし、否、故に、人々は知恵を絞り、より良い世界を目指し、日々切磋琢磨し、日々前を見据えている。今、自分達が出来る最大限の知識知恵を以て、最大限高文明な時間を過ごしている。この文明の中で生きる人達は、どこか、現世を生きる人々よりも活き活きとしているように見えるのは、恐らく、発達し過ぎない文明の中で、自分達のやりたいこと、やれることを生業としているからであろう。
「あ、見えた……」
ユノはてっきり、大きな壁に覆われた街を想像していた。しかし、蜥蜴車の中から見えた目的の街は、決して大きな壁に覆われている訳ではなく、ただただ、街だった。
「なんて名前の街なの?」
「リディア。住人の私が言うのも変だけど、いい街だよ」
◇◇◇
はーい、ちょっと作者の眠気がピークに達したみたいなので、ここからは、代わりにこの私、ティナが文章を打ちましょう。
鬱陶しいくらいに数が増えた異世界ものに於いて、その世界観、その地理、その他諸々について、疑問を抱いた方も沢山居ることでしょう。そんな皆さんの為に、今回、私がこの世界についてご説明致します。
まず、地理について。
皆さんの暮らす現世は、太陽を中心に地球や星々が周回している地動説と、地球を中心に宇宙が周回している天動説の、2つに分かれます。そもそも、なぜこの2つの説が、未だに上がってくるのか。それは、2つの説を、いずれも完全に証明できていないからです。
地動説の場合、太陽系の全体図を実際に目で見た人など居らず、太陽の周りを地球が周回している証拠映像を持つ人も居ません。故に、ガリレオやコペルニクス、或いは物理学者がいくら地動説を唱えても、それを完璧に、1点の疑問も、1点の矛盾も、批判的な発言を一切生まないのは、不可能なのです。
天動説の場合、も、殆ど上記の通り、真実全てを目の当たりにした訳でも、証拠となる映像を撮影できる訳でもありません。故に、天動説も地動説同様に、証明が不可能です。さらに言えば、地球が球体であるという証明もできません。
宇宙飛行士が宇宙に行って、地球が球体であることを確認してきた。そう、言いたくなるかもしれません。しかし、考えてみてください。宇宙飛行士が宇宙に行き、もしも、学校で教わってきたことと違う地球の姿を目の当たりにして、果たしてそれを公表するでしょうか。否、そんなことはできません。仮に地球が球体ではなかったとしても、それを報道する権利など与えられず、もしも公表に至れたとしても、何か大きな存在にその事実を消されるかもしれません。
誰かが口や文字で語ったその人なりの真実は、他の人にとって真実とは限りません。よって、この世界のお話をする前に、世界は自分の常識が完璧に通用するという考えは捨ててください。いいですね?
さて、では改めて。
ユノ、こと、
盤面の中心にある大陸は、大体、四国地方を2.4倍ほどに拡大したくらいの広さになります。その大陸の中にいくつかの街があり、その街ごとに風習や文化があります。そのうちの1つが、ここ、リディアです。リディアは大陸内で見ても特に大きな街であり、商いや娯楽などが盛んで且つ、人口密度高めです。
ただ、その街の4分の1程は、特定種族のみが暮らす街にもなっています。例えば、リザードだけが暮らす街であったり、或いは魔族だけが暮らす街。さらに1つ、特定種族のみではないにしろ、共通した者だけが集まって暮らしている村もあります。その村は、ハーフの村、と呼ばれています。
その、俗にハーフと呼ばれる存在は……おっと、作者が眠気を乗り越えたみたいなので、私はここで退散します。
ここまでは私、ティナがご案内致しました。また近々、というか作者に異変が表れた頃にお会いしましょう。
◇◇◇
蜥蜴車に乗り、リディアを訪れたユノは、蜥蜴車から
「おおぅ……」
数多ある街の中でも大きめなリディアには、店が幾つも建ち並ぶ。店にはそれぞれ、その店の名を記した看板や、或いは暖簾、旗などが設置されている。しかし、それらの字は、日本語ではなく、というか、地球上に存在するどの言語にも属さない。まあ異世界なので、当たり前と言えば当たり前なのだが。
一応、異世界法により、ユノはこの世界に於ける言語をマスターしている。実際、エマや御者が使用しているのは日本語ではないし、普通ならば聞き取ることもできない。読むことも、書くこともできない。しかし異世界法により言語をマスターしたユノには、エマ達の言葉が難無く聞き取れ、且つ、ネイティブな発音で会話もできる。勿論、リディア内に幾つも見える看板や旗の文字も、完璧に読めるし、意味も分かる。ただやはり、読めるとは言え、これまで使ったことがない言葉達が視界に幾つも飛び込んできたため、カルチャーショックと言うべきか、何とも言えぬ気持ち悪さがユノを襲った。
右を見ても、左を見ても、前を見ても、後ろを見ても、どこを見ても、日本語が見当たらない。それもそのはず。ここは日本では無い。それはもうとっくに理解している筈なのだが、やはり、日本語が無い場所に来てしまえば、流石のユノも謎の孤独感を抱いてしまう。
「ユノは旅人なんでしょ? 旅人ってことは所謂、住所不定無職ってことだよね?」
「そんな変換するのやめてくれない? 住所不定無職は仕事もせずただただ放浪する人のこと。私の場合は、行く先々で誰かを助けたり、何かを成し遂げたり……とにかく、住所不定無職だなんて呼ばれるのは心外極まりないよ。まあ、お金は無いけど」
「ごめんごめん。んで、そんなユノにちょっと有益な話があるんだけど、聞いてく?」
「聞いてく」
「私の職場に来ない? 宿舎もあるし給料もある。勤務外の都合も大概合わせられる。案外高待遇なとこだよ」
「仕事内容は?」
「大抵は警護か、警護以外の肉体労働。たまに雑用の……まあ、何でも屋ってとこかな」
「……どうせ働き口は探すつもりだったし、その話、乗った」
「うん。なら早速案内するよ。観光はその後ね」
エマが先導し、ユノは、エマの職場へと向かうこととなった。下車地点から件の職場までは少し距離があり、且つ徒歩で向かうため、ユノは、軽い観光気分だった。
改めて、リディアを、異世界を味わう。
リディアの外は完全な更地(場所によっては荒地)だったが、リディアの敷地内の地面は舗装されている。勿論、アスファルトなどは存在しないため、舗装の大部分は石を用い、一部に煉瓦を用いている。
リディア内にある建物の約7割は木造で、1階建てと2階建ての両方が存在している。残りの3割は煉瓦造りで、その殆どが2階建てとなっている。因みにガラス製の窓なども存在するらしく、建物だけみれば、前世とあまり変わらないように見える。
街ゆく人達の髪型は日本と変わらない。しかしその髪色は様々で、黒系、白系、金、銀、ピンク、エメラルドグリーン、カナリア、等々。正に十人十色、と言うべきか、色とりどりで、なんだか目が痛くなりそうだった。ただユノはその状況になれるべく、「ここは東京……ここは渋谷……」等と考え、何とか日本のイメージを投影させた。ユノは愛媛県に生まれ愛媛県で育ち、東京のイメージが「ただ派手」ということであり、そのような投影に至ったのだ。
服装は、異世界ものでよくあるような、ちゃんとした服である。とは言えやはり現代日本とは大きく異なり、中世で且つ海外、といったような服が多く見える。ただ、少し不思議なことがある。男性は、薄着でなければ、手首までちゃんと袖で覆われている。しかし女性の場合、薄着厚着関係無く、何故か、腋が露出するような服を着ている。皆が皆、ユノのように腋が丸見え、或いは腋チラ状態なのだ。よくよく考えれば、エマもスポーツブラの上からジャケットを羽織っているだけで、少し腕を動かせば普通に腋が見える。そこでユノは悟った。自らの服装が腋丸出しなのは、ティナの性癖ではなく、この世界に於ける一般的な服装に沿ってデザインされたのだ。確かに、腋丸出しな女性ばかりなのに、ユノだけが腋を隠していれば不自然かもしれない。飽く迄も不自然かも、であるが。
そして、街を歩けばよく分かる。リディアには、人間だけではなく、蜥蜴車でお馴染みのリザードや、他の種族と思しき者も視界に入る。種族間の蟠りが酷い街は嫌だと考えていたが、どうやら、異種間交流は問題なく行われているようだ。
「見えたよ。あそこにある、水色の建物」
「あー、あれね」
エマが指す建物。それは木造2階建てで、建物の表面が水色に染色されている。しかし出入口のドアだけは黒い。それが黒い染色なのか、或いは黒檀のような、そもそもが黒い素材を使っているのかは分からない。
建物の入口上部に、看板が貼られている。その看板には▒▒▒▒▒▒▒▒と書か……おっと失礼。この世界の言語は、どうやらスマートフォンでもパソコンでも表示できないらしい。
改めて、その看板には、「グランツの便利屋さん」と書かれている。さらに、出入口近くの窓にはポスターが複数枚貼られ、それぞれ、「護衛」「工事」「仕事の助っ人」「その他諸々」と書かれている。
さて、これからユノは、勇者になるために奮闘する傍ら、この便利屋で働くこととなるのだが、追々、ユノはさらなるカルチャーショックを受けることとなります。
これが、異世界というものか。
そう呟く日も、もう遠くはありません。
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