第5話 ユノ、異世界へ#5
エマは、純白の刃が特徴的な愛剣"スヴェーネ"を握り、ふう、と息を吐く。
ユノは、花紺青の刃が特徴的な愛刀"
息を吐きながら、2人は、前方から迫りつつある3匹の魔獣を見据える。大型肉食獣さながらの体格の魔獣は、3匹共が同じ種族である。この世界に於ける魔獣は、魔力を体内に宿してしまった動物のことを指し、魔獣それぞれには固有名詞が存在しない。都度、○○の魔獣と呼んでいる。
魔獣は、元々は普通の動物である。しかし、魔力を蓄えた人間の血肉から魔力を吸い取った場合、或いは意図的に魔力を体内に埋め込まれた場合に、その体を変異させる。現在は、野生の魔獣同士の交配により、動物から魔獣になるのではなく、生まれながらにして魔獣である場合も多く、寧ろ、人の血肉や意図的な魔力供給といった外的要因による魔獣の誕生は殆ど無くなっている。
魔獣のベースとなる生物は様々である。犬、猫、鳥、狼、獅子、植物までもが魔獣となりうる。そして魔獣は、個体ごとのベースとなる生物を予想し易く、且つ、通常個体との区別も簡単である。魔獣は共通して、眼球全体が赤く染まり、体色が半分ほど紫に変色し、体が巨大化している。因みに、今現在出現している魔獣は全個体が狼ベースであり、眼球も体毛も変色し、それでいて、体も大きい。この世界に於いては、酷く典型的な見た目の個体であった。
魔獣達は、牙の隙間から唾液を零しながら、不揃いな歩幅でユノ達へ歩み寄る。1メートル、また1メートルと近づく度にそのスピードは上がり、ゆっくりだった歩幅は、既に小走りになった。恐らく次に加速する時は、本気の走りになるのだろう。
「ユノ、準備はいい?」
「勿論」
「……なら行くよ!」
「「「っ!!」」」
エマの声、踏み込みに合わせ、ユノは利き足である右足に体重を乗せ、2人は魔獣に向かって走り出した。その瞬間、ユノは、エマを驚かせる程の速度で魔獣へ向かっていった。
転生前。異世界法により、ユノは
魔法の場合は、使用者の魔法力と、その都度のコンディションに依存している。故に幼少期から魔法を使いこなせる者も居れば、生涯魔法を使いこなせない者も居る。しかし諸々の条件が重なってしまえば、どんなに魔法の才能に溢れた者であっても、そもそも魔法を発動できない。
しかし、ユノが得たのは
能力とは、異世界法に於ける特典であり、転生後に得られるものでは無い。一応、この世界に生きる者の中で、能力を所持している者は存在する(仮に
そんな世界で、魔法陣も出さず、キラキラとしたエフェクトも付けず、人よりも速く動けば、即座に能力持ちであると、希少な存在であるとバレてしまう。しかしバレたところで、それは迫害を受ける対象ではなく、崇められる対象となる。故にユノの加速を見た者達全員が目を皿のようにし、驚愕した。
「てやあああああ!!」
ユノは向かって右側の個体の目の前で急停止し、加速の勢いと慣性の法則を利用した
ドクン……!
降魔の花紺青色の刃で、魔獣の皮膚を破り、頭蓋骨さえも斬り、脳も眼球も破壊したその瞬間、ユノの心臓は強く脈打った。
命を殺めてしまった罪悪感?
刃から伝わってくる殺害の感触?
噴き出す血液と脳への恐怖?
否、どれでもない。
脈打った理由は分かっている。高揚感である。息が荒くなり、視界が広く鮮明になり、寧ろ吐き気さえ催す程の、酷い高揚感。
ユノは、命を奪う行為自体に高揚感を感じるような人間ではない。ゲーム内で、殺害を余儀なくされる場合であれば話は別だが、実際に自らの手で肉を裂き、骨を砕き、臓物を抉る行為になど、高揚感を感じるはずがない。
では何故、ユノはこんなにも昂っているのか。それは、魔獣を殺すことは、後方に居る人達を守ることに繋がる。即ちユノは、降魔を用い、魔獣の血を撒き散らすことで、人を助けたという実感を得られる。
英雄に憧れ、勇者に憧れ、今こうして、人を守るために刀を握っている。人を守るために戦えている。そんな状況に、ユノは快感までもを抱き始めていた。
「…………♪」
頭部が損傷した魔獣の体に、降魔で追撃を与える。最初の一撃で、降魔の斬れ味は十分に理解できた。何せその刃は、いとも簡単に肉を斬り、骨を断ったのだ。その力に酔い、ユノはにやりと口元に笑みを浮かべた。
力は麻薬である。強大な力を得れば、人はその力に陶酔し、優越感に浸る。しかし、その力を失う、或いは自らの力に満足できていなければ、人は、不思議と力を求める。いい例としては、筋肉である。
例えば、麻薬。大抵の場合、親しい間柄の人物から手渡されるか、或いは自ら金銭を費やし、軽い気持ちで始めてしまう。
力が麻薬。その例えとして筋肉を用いてみよう。トレーニングをして、プロテインを摂取して、然るべき食事を行い、適切な生活を送る。そうして培われた筋肉はまさに芸術であり、努力の結晶でもある。そんな芸術を、芸術を
そしてユノは、トレーニングやら食事やらで得られた力ではなく、異世界転生にて得られた自らの力に酔い、今に至る。
口元に軽い笑みを浮かべて、血塗れの魔獣に追撃を加えるその姿は、勇者や英雄というよりも、寧ろ、魔王のようであった。
「ユノ! 敵を見て!」
後方から追いついてきたエマが、ユノに警告しながら、残り2匹の魔獣を相手取る。しかし、その声に気付いているのか否か、ユノは一切の反応を示さず狂喜乱舞している。そんなユノに呆れ、警告も辞め、ひとまずは魔獣との戦いに集中した。
(まずは……
相手取った2匹の魔獣。その向かって左側の個体に狙いを定めた。左側の個体の方が、僅かに動きが速かったらしく、右側の個体よりも、エマとの距離が近いのだ。複数の個体を相手取る際には、自身から距離が近い個体から対処していく。世界が違えど、戦いに於ける動作等はやはり変わらないらしい。
「ふんっ!!」
愛剣、スヴェーネを用い、エマは
「どりゃああ!!」
エマは右足を軸に、体を時計回りに回転させ、右足と左足が魔獣に対して横一直線になった瞬間に軸足を左足へ変更。左足を軸に再度体を回転させながら、スヴェーネをウエストの高さで構える。そして、回転の勢いそのままに、スヴェーネによる
それにしても、右斬上から体を回転させての右薙。その流れるような2連撃は、後方で待機していた御者やリザード達を唸らせ、拍手を誘った。
「エマ様の斬撃……何度見ても素晴らしいものですな」
そもそもスヴェーネとは、この世界に於いて、幻影という意味を持っている。この世界で高名な鍛冶師が、エマの為に作った剣である。その意味ありげな名に恥じぬように、そして鍛冶師の顔に泥を塗らぬように、エマは、その剣技を磨いた。時に、ただの特訓で実践以上のダメージを負う事もあった。動きの
御者やリザード達は、能力持ちであるユノの速さに目を奪われた。しかしその目を魅了したのは、エマの剣技であった。
口元に笑みを浮かべながら魔獣を殺すユノよりも、寧ろ、エマの方が勇者に近いらしい。
「……死んだかな」
エマは自らが仕留めた2匹と、ユノが仕留めた1匹の死骸を見下し、ふう、と深く息を吐いた。
「ユノ、こっち来て。返り血、落としてあげる」
エマは剣士としての一面だけではなく、魔法使いとしての一面もある。使える魔法も様々で、その一つとして、返り血を一滴残らず且つ染みも残さずに落とす、洗浄という魔法がある。エマは自身とユノに、洗浄魔法を使用した。
歩み寄ってきたユノと自身の頭上に、1つの大きな魔法陣を出現させた。何か文字が書いてあるが、ユノにはさっぱり読めない。その魔法陣は、頭上から、2人の体を透き通り、2秒程で地表に到着した。すると、2人の体や刀剣に付着していた魔獣の血液、それに僅かな砂埃までもが綺麗に無くなっており、2人は戦闘前の汚れ無き姿に戻っていた。
「……ユノ、強いのね」
「ありがと。エマもビックリするくらい強いじゃん」
「それはどうも。そうだ、ユノは遠いとこから来たんだよね」
「うん。かなり遠く」
「ならついでに覚えておくといいよ。こっちの街……というかこの国では、親睦を深める為に握手をするの」
「私の居た国でも、まあ似たようなものね。そんじゃ、親睦を深める為に……」
ユノは握手をする為に右手を差し出し、それに応じ、エマも右手を差し出して、握手をした。長く剣を扱っているためエマの手は少し固く、大きかった。対して、ユノは異世界法によるステータス調整で、体型は殆どそのままに握力やら脚力が上がっているため、手の硬さや大きさは生前から変わらず、柔らかく、小さい。
「……」
ユノの手を握りながら、エマは、その手を見つめ、そのまま視線を上に移し、最終的にはユノの目を見つめた。その表情は、親睦を深めているような活き活きとした表情ではなく、寧ろ、少し険しさすら感じられた。
「どうかした?」
「……いや、なんでもないよ」
この時、握手をして、何を考えていたのか。それは、エマにしか分からない。
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