第3話 ユノ、異世界へ#3
ステータスと装備の調整。ティナ曰く、死者をただ異世界に放り出すのはダメらしく、異世界へ送り出す前に調整を行うらしい。
ティナ達、即ち神達の中でも、所謂法律に等しいものがある。その中の一つが、異世界法、というらしい。異世界とは即ち、現世とは異なる世界。現世と異なれば、文化は勿論、言語等も変わってくる。もしもそんな場所に突然飛ばされたとなれば、言葉も通じず、文化も異なり、何なら種族自体もごちゃ混ぜな風景に困惑し、カルチャーショック同然の精神状態に陥る。もしもそんな状態になれば、セカンドライフを過ごす為に異世界へ送り出した意味が無くなってしまう。
そこで提案され、導入されたのが、異世界法である。
転生前に、これから向かう世界の文化、言語を身体に染み込ませ、身体に慣らせ、且つ異世界の人達と遜色無いような
異世界法を適応すれば、髪色や肌の色、身長体重、年齢、性別までもが変更できる。即ち、生前の記憶を保持したまま、全く新しい自分として生きられる。生前の姿そのままであれば、それは転生と言うよりは転移。しかし異世界法を用いれば、全く新しい自分へと生まれ変われる。つまりは、転生といっても過言では無い。
異世界法云々について、ティナから上記のような説明があった。そしてその説明を聞いたユノは、生前、死ぬ直前の一場面を思い出した。
ねぇねぇ、異世界転生しちゃったとして、どんな自分になってみたい?
エルと2人、シングルサイズのベッドの上に寝転がり、ユノが不意に尋ねたことである。深い意味は無かった。ただ、異世界転生した際に、どんな力を持ってみたいか、そんな事を話題に出しただけなのだ。しかし、そんな話題が、今になって現実となった。
異世界法により、ユノには、自らの容姿を変更する権利がある。あの時、ベッドの上でエルと話していた「異世界転生した自分」の姿を、ただの妄想を現実にできる。そう気付いた瞬間に、暗く翳っていたユノの脳内と心が熱く明るく灯され、異世界法に於けるステータスの調整が捗った。
艶のある黒髪は、勇者らしく金髪に。
髪の右側には、藍色のメッシュを。
茶色い瞳は、ファンタジーらしく緑色に。
自信が無かった
それ以外に、容姿は変えない。次に行う調整は、目に見えない部分のステータス。即ち腕力やら脚力やらの話であるが、それらの調整は、これから転生する世界の基準に合わせ、ティナがステータスの数値をある程度決める。その後、決まったステータスを、ユノ本人と話し合い、微調整をする。しかし、ユノは微調整を拒み、ティナが振り分けた数値を承諾した。
さて、次に、異世界法の内容として、体得する
「能力か……事実上死なないとか、言葉だけで相手を屈服させられるとか、そんな感じですかね?」
「まあ、そんな感じですね。ああでも、単純に身体能力の向上とかでもいいですよ。実際、前に異世界転生した人も、パンチ力とキック力と極限まで強化するって能力をリクエストしてきましたから」
「へぇ……ああ、なら……加速がいいです。他の人よりも圧倒的に速く動ける、そんな力で」
「勿論構いませんが、いいんですか? もっと派手なものも体得できますよ?」
「いいんです。私、スピード特化のキャラクターとか大好きなんで」
その言葉に偽りは無く、アニメやゲームに於いてユノは、速度特化のキャラクターを好む傾向にあった。
例えば、育成次第で好みのステータスのキャラクターを作れるゲームの場合は、ユノは迷わずスピードに全振りして最速のキャラクターを作るだろう。多少攻撃力や防御力が乏しくなろうと、スピード底上げの為なら喜んで妥協する。
最速こそ正義。
一番速い人が、一番カッコイイ。
これらは、ユノの、幾つか在る座右の銘の1つである。偉人が残した言葉ではなく、恩人から教わった言葉でもなく、或いは何かの作品のセリフですらない。もしかしたら、誰かが発言したのかもしれない。しかしそんなことは知らない。ユノが心に抱くこれらの言葉は、他人ではなく、自分自身で至った思考なのだ。
ユノは、文学が大嫌いである。太宰治も、ドストエフスキーも、芥川龍之介も、シェイクスピアも、福沢諭吉も、ラヴクラフトも、夏目漱石も、フィッツジェラルドも、読んだことがない。読む気が無い、と言うか、読みたくないのだ。文豪と呼ばれる彼等の作品には、きっと、人類を惹き付ける力があるのだろう。しかし、だからと言って、全人類が彼等の作品を愛する訳では無い。読んだところで、自分自身が賢くなる訳でもあるまいし、自分の中の何かが変わるわけでもあるまい。多少、文学に足を踏み入れ、幾冊かを読んだところで、所詮は、文学好きを自称する人間にしかなれない。他人よりも多少文豪や文学に詳しいと言うだけで悦に浸り、陶酔し、自身を1ランク上の人間であると思い込むだけなのだ。
文豪、と言えどただの他人。そんな他人が書いた文章の、一部の言葉を抜き取り、それを名言として座右の銘にする。真にその作品を愛し、座右の銘とする人も、多かれ少なかれ居るのだろう。しかし中にはきっと、いや必ず、作品自体を知らず、名言だけを知り、それを座右の銘と偽る者も数多く居る。
ユノは、そんな輩とは違う。他人の言葉を、座右の銘にすることはない。他人の言葉を、自分の人生の支柱にさせることはない。
故にユノは、他人の言葉では無く、自らの思想を、自らの言葉を、自らの人生の支柱とした。
「スピード特化……なら、能力の名前は
異世界法により、転生者が得る能力には、名前をつける必要がある。ただ、つける名前に制限や制約は特に無く、極めて複雑で難解な名前であろうと、極めて低俗で下劣な名前であろうと、極めて淡白で薄味な名前であろうと、転生者次第でどんな名前もつけられる。因みに、能力の名前の決定権は転生者本人にあるため、ティナや他の神々が出した案を採用するも良し。或いはティナや神々の案を全て却下し、自らのネーミングセンスに全てを賭けるも良し。故に今回ティナは、ユノの能力の概要に合わせて
結構よくないですか。ティナの問いに対してユノは、数秒間の沈黙を挟んだ後、「うん、いいかも」と回答し、採用した。自身が出した案が採用されたのが余程嬉しいのか、採用された直後、ティナは不覚にも、「やったあああ!!」と、元気で可愛らしい反応を見せた。しかしすぐに冷静になり、「おほん、」と、わざとらしい咳をした。
「えー……これにてステータスの調整は終了です。次に、装備の話になってくるんですが、まずは武器について。友利さんは使ってみたい武器とかありますか?」
「日本刀でお願いします」
「即決ですね。デザイン面で何か要望はありますか? 奇抜極まりないものでなければ、大抵のデザインを再現できますよ」
デザインの要望を尋ねられたが、ユノは、今回は即決には至らなかった。何せ、容姿のイメージこそは幾度が行ったが、所有する武器のイメージは1度も行わなかった。
ただ、即決に至らなかっただけで、答えに至らなかった訳では無い。妄想力に自身があるユノは、数秒かけてようやく繋がるような思考回路を一瞬で整え、最低でも数十秒は費やすであろう武器のデザインを、たった十秒足らずで編み出した。
形状自体は、日本刀そのまま。ただ、カラーリングが通常の日本刀とは異なる。
柄は殆ど真っ黒。歪で左右非対称の楕円形の鍔は、その縁に沿って青いラインが入っている。刀身もやはり一般的なものとは異なり、根元から鋒まで、一色で染め上げられている。色は黒、というよりは暗い青で、花紺青と言い切ってもいいような色味である。
さて、武器のデザインが決まったということで、次にティナは、衣装のデザインを決めようと話題に出したが、衣装に関しては明確な好みが無いため、最低限の要望だけを出してティナにお任せするという決断に至った。
因みに、その最低限の要望というのは、軽くて動きやすく、且つ、白を基調とした衣装である、というもの。さらに付け加えておくと、機動性重視であるため、多少布面積が狭くなることも了承済みである。
「ステータスの調整は終了、能力も決定、装備も決定……後は転生するだけです。が、その前に、日向さんへの遺言を伺っておきましょうか」
ステータス調整を行う前に、ユノは、エルに遺言を残すと決めていた。転生前の事前準備全てを終わらせた今こそ、エルへの遺言をティナへ託す時である。
「…………異世界で待ってるから、エルも、来たくなった時に来てね。それまで私、死なずに頑張るから」
異世界に行く。つまりは、ユノ同様に、異世界転生を果たすということ。そして同時に、ユノ同様に死ぬということ。一見すると、「会いたくなったら早く死ね」と言っているようにも聞こえるが、実は、そうではない。
エルとユノは、前々から抱いていた夢がある。それは、2人で異世界転生を果たすというもの。
エルは魔王に憧れ、魔王を目指している。ユノは勇者に憧れ、勇者を目指している。異世界ものに於いて、勇者と魔王の戦いは王道そのもの。即ち、エルは魔王となり、ユノは勇者となり、異世界を彩る。再会を待ち望む魔王エルと、再会を目指す勇者ユノ。再会の後に、互いに力をぶつけ合う。自分たち2人が主人公として、自分達でストーリーを紡いでいく。
そんな、叶うはずの無かった夢が、今、改めてスタートした。
「……承りました。では、装備品の新調と身体能力の調整後、すぐに異世界へ送ります。これから友利さんには眠ってもらい、次に目覚めた時には、もう異世界に居ます」
「異世界……夢にまで見た異世界が、私にとっての現実になるのね」
「ええ。では友利さん、準備はいいですか?」
「勿論」
「かしこまりました。それでは友利さん、おやすみなさい。そして、良い異世界生活を」
ティナは、パチン、と指を鳴らす。すると、パイプ椅子に座っていたユノは、糸が切られた操り人形のようにぐったりと動かなくなり、眠った。
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