赤と淡赤

「……。」


 紡は蜘蛛の巣と奈落の幻想は消え失せ、いつもの円形の広場となったその場所の端を歩いていた。

 きょろきょろと視線を巡らせ、何かを探しているらしい。


「朝夕!」


 背後から声をかけられ、紡は振り返る。

 声の主は正義だった。

 つい先ほどまで、身体に裂傷や火傷を負っていたように見えたが……どうやら、エルに治療してもらったらしい。

 今目立つのは、頬に貼られた大きなガーゼくらいのものだ。


 紡も正義も今はステラドレスを纏っていない。

 絃と奏多は、少し離れたところで他のメンバーと何やら会話しているようである。


「裁貴さん。迎撃戦、お疲れ様でした。」

「うん、お疲れ様!」


 ニコニコと笑う正義の顔を見て、紡は何となく不思議な気分になる。

 これまで共に戦ってきた仲間たちは、戦闘の後にこのようにあっけらかんとした表情を浮かべてはいなかった。


「……結構、滅茶苦茶な事をするんですね」

「えっと……僕が網の上に戻った時のことかい?」

「はい」


 紡の言葉は責めるような調子では無かったが、呆れた、とは言いたげなものであった。

 正義はよく言われる、と笑って返そうとしたが……ふと思い留まり、右手でポケットの中を探り始める。


「そうだ、これを返さなきゃ」


 そう言って、正義が取り出したのは紡が迎撃戦の中で放ったリボンであった。

 絃に贈られてから約一年。陽に当たり少し色褪せてしまったそれは、間違いなく紡のものである。


「あっ……!」

「これを回収しながら上に戻る手段が、あの方法しか思いつかなかったんだ。……奏多には内緒ね」


 そう言って、正義は手を差し出した。

 紡は大切そうに両手でリボンを受け取った。

 手放したのは自分だが、もう戻らないかと諦めかけたところだったのだ。


「ありがとうございます。……お礼はきっと、必ず」

「良いって!君が助けてくれなかったら、僕はこんな傷じゃ済まなかっただろうし」


 そう言って、正義は頬のガーゼを指差してニッと口角を上げる。


「ですが、それなら枝園さんにもそう伝えた方が……」

「ううん、奏多に心配かけたのは間違いないから。その理由に朝夕の名前を使いたくないんだ」

「そうですか。……でもそこまでして、どうして?俺にとっては特別なものでも、裁貴さんには分からなかったでしょう」

「絃が同じのをつけていたからさ。お揃いなんだろ?」


 そう言いながら正義はシャツの胸ポケットから取り出した物を掌に乗せ、紡に見せた。


「僕にも、そういうのあるんだ」


 それは「義」の1文字だけが書かれた、アクリルキーホルダーの破片だった。

 本来は正義、と書かれた物だったが、ある出来事で半分に割れてしまったそれを今は正義と奏多で一文字分ずつ分けて持っている。


「嫌な記憶も、嬉しい思い出も沢山詰まってる。他の誰かにとっては価値のない物でも、持ち主にとっては大事な宝物だ」


 紡は少し高いところにある正義の顔を、眩しそうに見上げる。

 正直のところ、彼の事は暴走しがちでデリカシーのない人だと認識していた。

 だがこの人は、自分が考えていたよりもずっと仲間想いなのかもしれない……そう、紡は思った。


「というわけで、この話は終わり!今からあの忍者にサインを貰いに行くんだけど、紡も一緒に行かない!?」

「いや、忍びに痕跡を求めるのはやめて差し上げましょう……!?」


 一部前言撤回。

 目をキラキラと輝かせて広場の端に佇む深八咫を指差す正義に、紡は思わずずっこけそうになる。

 しかしそんな調子の正義を紡が諭すことが出来るはずもなく、紡は深八咫が疾く退散する事を願うほかないのであった。

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