もう一人の仲間
ステラドレスに身を包んだ深八咫は階段の最上段に立ち、迎撃戦の舞台となるその場所を見ていた。
巨大な蜘蛛の巣。
酷く不安定そうで、ともすれば破れてしまいそうである。
その上、蜘蛛の巣の下には底の見えぬ暗闇が広がってた。
ここは遥か虚空の上だ。落ちたが最後、その者に命はないだろう。
そんなことを考えていた時、背後から騒がしい話し声と足音が迫ってくる。
深八咫が肩越しにそちらに目をやると、彼の姿を見留めた三人の人影は、はっとしたように足を止めた。
「……貴殿らが、誓約生徒会とやらの面々で違いありませぬか」
月の明かりを背にし、冷静な声でそう問いかける深八咫。
陰の中でも、その赤い瞳が昏い光を帯びているのが分かる。
一瞬たじろいだが紡だったが、彼の中で嬉しそうな絃の声が響いた。
『みやたさん!』
「え?」
『絃のお友達です!大丈夫、優しい人ですよ』
「絃の……?」
絃は人の心に咲く桜の花が見えるという。
故に、人違いをする筈はないのだが……目の前の黒尽くめの男が絃の友人というのは、余りにも違和感がある。
もしや絃がこの男のことを友人だと思っているに過ぎず、彼女の純粋さにつけ込む悪漢なのでは、などと思った紡は殊更に身を固くした。
ただ、深八咫はそんな紡の事をじっと見ていた。
彼が小声で呟いた『絃』という言葉が耳に届いたからである。
あのあどけない少女が武器を振るうというのはいかがなものか、と思っていたが……なるほど、あの子はこの少年の力になっているのかと腑に落ちた。
「はい。僕達は誓約生徒会のメンバーです、よろしくお願いします!それと、あなたは……」
正義がいつもと変わらない態度で一礼し、一歩前に進み出る。
いや、寧ろ彼の顔には笑顔さえ浮かんでいた。
「もしかして、忍者ですか!?」
キラキラと目を輝かせる正義と、数秒間固まるその場の空気。
「……その『忍者』というのが、忍びと同義であれば……如何にも」
やがて若干諦念の感じられる声で、深八咫はそう返した。
何を隠そう、彼のステラドレスは忍び装束。
言い逃れの出来ない、忍び感丸出しの装いである。
己の主人が良かれと思って選んでくれた装備に難癖を付けるつもりはないが、稀にこうして喜色満面で深八咫のことを見る人間がいる。
敵意を向けられるよりはマシだが……正体や身分を隠すべき深八咫にとって、居心地が悪い事に変わりはない。
『うおおお!?すげぇ、マジかよ!!見ろよエル、本物のニンジャだって!!』
エルの中に、いつになく興奮した様子のネージュの声が響く。
先程までのナーバスな彼を思うと、この忍者との出会いは僥倖だったのかもしれない。
「初めまして、僕はエルシー・ウォールデン。彼らは裁貴正義と、朝夕紡。後輩たちが騒ぎ立ててすまない」
「……。」
苦笑いで手を差し出してきたエルを見て、深八咫は少し躊躇った後に握手に応える。
「貴殿が指導者にござるか?」
「指導者というほどの者ではないよ。ただ彼らより、少し多く歳を重ねているだけだ」
「……成程」
落ち着きがあり、柔らかなエルの態度に深八咫は何やら思うところがあったのか……くるりと三人に背を向けた。
「ゆめゆめ、他者の為に身を滅ぼそうなどとは思われるな。拙者は貴殿らに捨て身での助力はしませぬ。逆もまた、然り」
「はい!よろしくお願いします!」
「おや、さては全く聞いておらぬな……?」
背後から投げ掛けられた、遠足に行く子供のようなはしゃいだ声に頭痛を覚えながら、深八咫は円形の舞台に足を踏み入れるのであった。
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