作戦会議

「それで……次の迎撃戦は、このメンバーで戦うという訳か」


 カフェー・マスカレェドにて、エルは集まった面々をぐるりと見渡し、そう言った。

 店内で、三つのテーブルを並べて作った長机に集っているのは六人。

 正義、奏多、紡、絃、エル、ネージュである。

 店長マスターである総帥は席を外している為、店のドアには『Closed』のプレートがかけられていた。


「そういうこった。まぁ少なくとも、裁貴達と俺らは『迎撃戦』への参加自体が初めてだから……この中で最も経験豊富なのはお前ら二人だな」


 そう言って、ネージュは紡と絃を見やる。

正義達、ここに居るアーセルトレイ出身の誓約生徒会メンバーは、予め総帥から迎撃戦の説明を受けている。


 ステラバトルとは違い、ブリンガーの肉体に被害が生じる可能性があるということ。

 それから戦う相手が、迎撃戦の終了と同時に命を落とすということ。

 ただそれはあくまで情報に過ぎず……実際に戦いを経験してきた紡や絃と他メンバーの間では認識に差がある事だろう。

 そう考えたエルとネージュは、こうして仲間を招集し、作戦会議を開いたというわけだ。


「確かに、俺たちは何度も迎撃戦に参加していますが……お世辞にも誉められた戦歴ではないと思います」

「例えば?」

「毎回参加メンバーの中から一人は重傷者が出ていました。良くて全身打撲、酷いと手足複数本の骨折とか……」

「すぐ治りましたが、つむは目が見えなくなったこともありました!」

「え、ええ……。そんなのを毎回ってマジかよ」


 紡と絃の口から想像以上に壮絶な被害を聞き、ドン引きした様子のネージュ。

 そして紡は情けなさそうにため息をついて、続けた。


「特に俺はその、守りが甘いというか……お恥ずかしながら、仲間に助けてもらわないと碌に戦えず」

「うーん、とても他人事とは思えない……」


 淡赤のアイリスと赤のオダマキ。

 自傷アタッカーとして何かシンパシーを感じたのか、正義はそんなふうに呟く。


「でも、困りましたね。ジャス君は知っての通りだし……エルシーさん達の負担が大きすぎるような」

「奏多ちゃんは優しいね。けど、心配はご無用だよ。欠けたピースを埋めるべく動くのは得意だから」


 不安そうに言う奏多に、エルはウインクと共にその言葉を贈った。

 その隣で、何故かネージュが誇らしげに薄い胸を張っている。


「つむ。もしかしたら、絃達も今までと一緒じゃ駄目なんじゃないでしょうか」

「というと?」

「いつもは、どーん!ばーん!ってでっかい木が生えて、絃達の事庇ってくれてたじゃないですか。今回はアサカさんが居ませんから、いつもみたいに無茶したらいけないと思うんです」

「うん、それは……そうだな」


 頭を悩ませる紡と絃。

 彼らの花章の色、淡赤は全ての色の中で特に耐久性が低く、更に火力を出すために自らダメージの許容を求められるという、何とも大味な性能をしていた。

 普段はダメージを肩代わりしてくれる仲間がいる事と、戦闘メンバー全体の耐久力が心もとない事から、短期決戦を狙ってダメージを叩き出す事に集中し……結果的にあの惨憺たる状況の中でも勝利を掴む事が出来ていた。

 だが今回のメンバーでその戦い方を選んでしまうと、敵を倒し切れずに総崩れになる可能性がある。

 絃の言うことは尤もだと、紡は思った。


「模擬戦でもできれば良いんだけどね。この世界ではいつでも変身できるとはいえ、万が一にも人の目に留まれば騒ぎになってしまうから、難しいだろうな」

「どんな敵かも、現時点では分かりませんしね」


 エルの言葉に、正義がそう続ける。

 テレビゲームのように、雑魚戦と呼ばれるものがあれば、メンバーの連携を確認することもできようが……生憎この世界の戦いは、命運を賭けた本番の一本勝負のみだ。


「こうして集めておいて何だけど、出来るのは各々が自分の動きを再確認するくらいか」

「そうですね。良く食べ良く寝て、当日を待ちましょう。」

「運動会前の小学生かよ……」

「うちのジャス君には重要な事なのです」


 停滞した空気を和らげるため、わざと戯けて見せる奏多。

 それから皆、正義の顔を見て妙に納得した様子で笑いを漏らす。

 当の本人は、何が可笑しいのか分からない、と言いたげに首を傾げていた。


「さて、話も一区切りしたところだし……コーヒーでも淹れてくるよ。」

「あっ、僕が!」

「俺が行ってきます!」


 エルがそう言って立ちあがろうとすると、反射的に正義と紡が席を立つ。

 二人は顔を見合わせ、周りの者達は不思議そうにその様子を窺っていた。


「年長者だから気を遣われているのかな?大丈夫。僕、コーヒーを淹れるの好きなんだ。君たちはここでゆっくり待っていてくれよ」

「いや、その……」

「あー……」


 正義は何か言いたげな様子で口を開けたり閉じたりしており、紡は何故か顔を赤くして立ちすくんでいる。

 その様子を見て、ネージュが「ああ」と合点がいったふうに頷いた。


「エル、この二人のには砂糖とミルクたっぷりで頼む」

「え?……ああ、なるほど。了解」

「ちょっと、ネージュさん!」


 文句言いたげな紡に対し、ネージュはエルを真似てウインクして見せる。

 正義は反論をするつもりはないらしく、口を尖らせながらも大人しく着席した。


「というか、絃こそ大丈夫なのか?コーヒーは苦いんだぞ」

「絃は平気ですよ。ときどき依さんと一緒に頂いていますので!」

「ええ……」


 ニコニコと笑みを浮かべてそう返す絃。

 彼には他に言い訳のしようもなく、ただ周りの微笑ましいような生温かいような視線を受け入れるしかなかった。


「惨めな気分だ……」


 呟き、椅子の上で膝を抱える。

 足元にきちんと揃えられた草履がなんとも言えない哀愁を放っていた。

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