第4話 何か知らんが俺は賢者らしい

 俺は家に無事帰った。

いつもの監視役も付いてきた。

今では奴等も俺がいきなり何かしでかす様な危険人物では無いと認識しているらしいので特に危険はない。

帰ったら既に別の何人かの兵士が家の周りを見張っていた。

恐らく、常時兵士を置いてこの謎の砦?はこちらの国側ともう一方側に印象付ける狙いがあるのだろう。

うっとうしいが好きにすりゃいい。

無料の自宅警備員がいると考えればいい事だ。

何から守ってくれるのかわからんが。


 俺は外から家の周囲を見渡した。

左右を山に囲まれた草原のど真ん中にぽつんと俺のマイホームが建っている。

家から左右の山すそにある林まで数百メートルはあるだろう。

要するにここは山間の唯一の平坦な土地で隣国へ抜ける重要な進行ルートなのだ。


 改めて思う。

あの神のクソジジィ、本当に思いっきり私情で俺に嫌がらせしたな。

まさか紛争地帯のど真ん中に俺を転生させるとは。

仕事に個人的感情を持ち込む様な奴だからお前は中間管理職止まりなんだよ。

勝手にそう決めつけて最早会う事もない神に毒づいた。

まぁでも恐らく半分は怒らせてしまった自分のせいなのか?

無理やり俺はそう納得する事にした。


 それにしてもこんな開けた場所に陣を構えてから戦う所がいかにも時代遅れだな。

そんな暇があるなら回り込むなり別の攻め方を考えればいいのに。

ま、この世界レベルじゃ出来ないか。

空も飛べないしな。


 家に入ると早速俺はネット通販でタコ糸を購入した。

業務用の長い奴で1個500メートル以上ある。

念の為多めに買っておいた。

なぜタコ糸を使うのかといえば安いという一点だけだ。

こんなくだらない事に顧客に頭を下げ汗水たらして働いた結晶である預金を減らしたくない。

しかし準備に必要な物はまだあった。

ため息をついて柵用の杭と杭打ちハンマーも購入する。

結局、それなりに散財をした。

これは俺自身の生存権を認めさせる戦いでもある。手は抜けなかった。


 俺は家を中心に杭を打ち始めた。

家から3時方向と9時方向へと、お互いの国を遮断する様に伸ばしていく。

そして杭を使って固定しつつ延々と繋いで張ったタコ糸を山裾の森の太い木に、もう一方を家の雨樋に固定する。

たかがタコ糸だが、何といってもこちらの世界からしたら異世界製である。

この世界の人や物や事象に左右されない、俺にしか切れないタコ糸だ。


 黙々と肉体労働をするのは嫌いではないが終わりがなかなか見えなくて嫌になる。

しかしそこは顔見知りになった見張りの兵士達がこっそり手伝ってくれた。

見張り対象が外で何かをしていたら一緒にくっついている方がいい。

国の為に防衛線を敷いてやっているのだと嘘八百を言って手伝う様仕向けたのだが、賄賂(〇ック)をバラまいておいた事も大きかった。

餌付けは重要だ。


 簡易的な柵が何とか出来たら次に用事があるのはガレージだ。

車の荷台に10メーター程の足場用単管パイプを何本も重ねて横に括り付ける。

安くて軽い単管でも鉄製だ。これだけ束ねればかなりの強度があるだろう。





 そうこう準備を完了してから数か月後に敵軍と国王軍はまたこの荒野に陣取った。

敵さんも付き合いのいい事だ。

こうも規則正しいと学校行事みたいだな。

現在、俺は車の中で待機している。

ちなみに今いる場所は敵側・家の前である。


 そしてついに戦の始まりを告げるかのように敵が突っ込んできた。

ところでこちら側の軍隊は家より突出しないように事前に王様に言ってある。

俺のお手並み拝見とばかりに後方100メートル程に悠々と位置していた。

元々そういう約束だったので問題ない。


 突っ込んできた敵軍はあっという間に俺の家まで接近してきた。

家の左右から王国側に抜けようとする。

俺の設置した低い柵など飛び越える必要もないといった感じだ。

一応、柵には低いなりにもタコ糸が3段平行に高さを変えて張ってあった。

今回は用意する時間がたっぷりあったからな。


 ただの糸と思ったのか、侮っていたのは確かだろう。

これが見かけ通りただのタコ糸と杭ならばあっさり切れるか倒されるかしていたはずだ。

だが、この柵は異世界製である。

まるで空中に張られたワイヤーソーのごとく、敵の騎馬隊は突っ込んできた勢いのまま次々と馬ごと水平にスライスされていった。

一瞬で馬と人間の足がボンレスハムの輪切に変化し、ハム工場のごとく家の周囲に人馬の肉山が築かれていった。

正視に堪えない悲惨な光景だ。

まあ、俺がやったのだが。


 しばらく車の中から戦況を眺めた後、俺は家のバルコニーに置いていたカメラ付きドローンを飛ばす。

車の中から操縦して戦場を端から端まで確認した所、敵の先陣はほぼ壊滅状態だった。

ここまで一気に片づくならこの車の仕掛けは必要なかったかな?

……でもまぁ、せっかく用意したんだし使おう。


 俺は車を発進させて敵の残存部隊に突っ込んでいった。

足元にどんな障害があろうともこのRVなら楽勝である。

後退していく敵に対して俺のハイ〇ックスが襲い掛かる。

車の荷台から横に飛び出た、丈夫で軽く束ねて強度だけはある単管が騎兵や兵士をなぎ倒し続ける。

首が明後日の方向にへし折れて体がくの字に曲がるところが見える。

時折魔法なのか滅茶苦茶にデカい火の玉が俺目がけて飛んで来たが案の定全く影響がない。

無敵の窓ガラスに守られているからな。

俺はかすり傷一つ付けないまま俺の車は敵陣をかき回し続ける。

約1時間後、敵は誰一人立っている者は無い状態だった。

馬と兵士の屍の中を俺は悠々と車で帰宅した。





 その後、何だか知らんがいつの間にか俺はこの国の賢者という事になった。

勇者じゃねえの? とも思ったが、まぁそんな事どうでもいい。

なんでも、見た事も無い物を次々と出した所からその呼び名になったらしい。

ネットで購入した単管を車に乗っけて敵をどつきまわしただけなんだがずいぶん乱暴な賢者もいたもんだ。


 襲ってきた敵とはいえ、結局大量に殺してしまった。

俺は○○王国の指揮官を通じて王様に頼み、敵兵を手厚く葬ってもらった。

家の周りは墓だらけになってしまったがそれも致し方ない。

俺も名の知れぬ敵の為に位牌と仏壇を購入して弔いの日々を送っている。

この世界の宗教は知らんがやらないよりマシだろう。


 王様は俺を城お抱えにしたいと言っていたが俺には全く興味が無かった。

この場所で心安らかに住めればそれでいい。

中二病にかかっている痛いガキならともかく、別にこの世界の英雄になりたいわけでもない。

いい年した中年だしな。


 という事で、俺は今日も城から来た王様の使いをインターホンで冷たくあしらい引き籠っている。

この家はこの世界の事象に干渉しない様、神様に約束を取った。

つまり雨が降ろうが槍が降ろうが、この世界が魔王に征服されようが滅びようが全く影響ない。

俺が病気になった時だけが心配だが、こんな世界じゃ医療だってそんなに期待できそうもない。

まあ、その時は天命と思って諦めて死ぬだけだ。


 これからは許可を貰った土地に畑を作ろうと思う。

散々痛い目に会った隣国はしばらく進行してきそうもないしな。

農作業のやり方はインターネットで学んでいこう。

運動不足解消に丁度いい。

社畜憧れの自給自足スローライフだ。


 ネットやTVは俺が存在した西暦2022年の現代日本と今も繋がっている。

実家の家族に会えないのは寂しいが、俺は今現在海外に出張中という事になっている。


 引き籠りにとってインターネット社会は最高だ。

ネットが出来れば特に困らない。

食い物や新作ゲームや漫画を買って何不自由ない異世界生活を送っている。

基本、家から出ない限り現代日本で引きこもっているのとまるで状況は違わない。

人と会わなければおかしくなるタイプの人間もいるが、引き籠り体質の俺には特に苦にならない。

銀行の残高が少なくなったら、この世界の物をヤ〇オクかメ〇カリで現代日本に売り飛ばそう。

何か珍しい物があるだろうし高く売れそうな気がする。


 異世界は今日も雲一つない青空だ。

さぁて、バルコニーで優雅に日光浴でも楽しむとするかな。

結局俺という人間は住む世界がどう変わろうともまるで影響を受けないのであった。

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