第3話 引き籠るのは別に苦痛じゃない

家の周りの死体はしばらく野ざらしだった。

一週間後、どちらの兵士かわからないが色々と死体を片づけ始めた。


 毎日見ていると死体を見ても何の感情も沸いてこなくなる。何とも変な気持ちだ。

しかし精神衛生上宜しくないので、俺は日中はブラインドを下ろしっぱなしだ。

だが、どう閉めてみてもシャッターが開いている限り外が薄っすら見える。

それは外からも同じだった。


「おい! 出てこい! 一体お前は何者なんだ!?」


 ここは異世界なはずなのにちゃんと日本語に変換されている。

どういう訳か知らんが実に都合のいい状況である。

最近、この様な輩が連日家にやって来る。

2階の窓から覗くと兵士達が見える。

ついに俺を不審者と断定して放っておけなくなった様だ。


 まあ、それも当然か。

それにしてもちゃんと言葉が通じるのは凄いな。

しっかりご都合主義の異世界補正が掛かっている。

俺はインターホン越しに声を出した。


「聞こえてますよ。何の用です?」


 向こうは声が別の所から伝わってくるのに驚いたようだ。

だが、使いかたが分からないためドアの外で喚き散らすしかない。


「怪しい奴め! ここは我が国の領土だ。我々はお前が何者か検める必要がある。出てこい!」

「そんな喧嘩腰の人と話す事なんて無いでしょ。お引き取り下さい。」


 馬鹿正直にこんな奴の言う通りに外に出たら即拘束されてしまうだろう。

言う事を聞くわけにはいかない。

家の敷地に入ってをドア壊して開けようとしているらしいがドアはびくともしない。

鍵がかかっている上に神様の無敵効果のせいで壊れないようになってるからな。

傷一つ付かないはずだ。


 結局そのまま適当に訪問者をやり過ごし続けて家に引き籠って1年経った。

それくらい時間が経つとここの国は俺の存在を怪しいとは思っても危険とは感じなくなったらしい。

何も言ってこなくなった。


 ただ、監視が付けられた。

家の四面に従って4人。絶対俺を逃すまいといった感じだ。

生憎、俺は外に出るつもりが全く無いので無駄な努力なのだが。


 兵士達は雨の日も風の日も嵐の日もずっと俺の監視を続けていた。

全く、末端の人間は大変だなぁ。

自分が原因だという事を棚に上げて俺は少し兵士に同情した。


 ある時、兵士が腹をすかした様子だったので食い物を恵んでやった。

2階の窓から声をかけて〇ックのハンバーガーを袋ごと落とす。

インターネットで注文したものだ。

不審に思っていた兵士達だが、俺が目の前で食べるのを見ると少しだけ口を付けた。

その表情が変わる。

余りのうまさにか夢中で貪り食っていた。

初めの一人に餌付けが成功すれば全員陥落するのも早かった。


 しかしまだ油断はできない。

俺は外部からの攻撃に網戸越しに兵士達と会話を交わすようになっていた。

網戸はストッパー付きで壊さない限り開かない。

そういう意味では窓と同じだ。

更に半年経って多くの兵士達と顔なじみになってくると偉いさんに会ってほしいとの事を訴えてきた。

どうやら、俺が引き籠ってばかりで事態が進展しないのを上司にせっつかれた様だ。

演技か本気か知らないが泣き落としで訴える。


 しょうがないな。

この世界に来て丸一年が経過した。

引き籠るのもいいかげん飽きてきたので城に行くことを了承する。

兵士達の一人は狂喜乱舞して城に報告に行った。


 残った兵士達は早速俺を城に送る準備に掛かろうとした。

しかし、俺は兵士達を止めた。

道案内用の兵士一人を残して全員退去させる。

話すようにはなったがまだ信用はしていない。

俺を捉える気マンマンの奴らが物々しい装備で押しかけられたら困からな。

俺は自分で城まで行く旨を伝えた。


 外を出歩く為に用意していた物を身に着ける。

普通の服でも異世界物だから破れはしないはずだが人体にはダメージが来る。

ここはナイフも通さない特殊なTシャツとスパッツを着こんだ。

そして黒塗りヘルメットとライダースーツ。

この装備は元からこの家に会ったものだ。

無論、家の持ち物の一部であるからである。

武器が無いのでインターネットでスタンガンとエアガンとナイフを購入して身に着ける。

手袋も買った。やはりスタンガンが仕込んである。


「さて、平和で友好的な話し合いになればいいけど。」


 とても平和で友好的に話し合いを行う恰好には見えないが俺はそう独り言を呟いた。

しかし、ここは異世界だ。

銀行強盗と変わらないレベルで怪しくても別に咎められはしないだろう。


 一年ぶりに外に出る。

せっかくのお日様だが俺は日に当たる事は出来ない。

玄関扉はそのままオートロックだ。

奴らにとって俺の恰好はさぞかし奇抜に見えただろう。

しかし今までの食事サービスが効いたのか案内役の兵士にいきなり拘束される事は無かった。


 ガレージの方にまわって車に乗りこむ。

車好きでもある俺の愛車は国産の大型RVである。

鍵も掛かってるし兵士達がどういじろうと俺以外ではドアは開けられない。

乗るのも一年ぶりだ。ガソリン、大丈夫かな。

一年前に入れたガソリンの量が心配だったもののメーターはほぼ満タンだった。

タイヤの空気量が若干微妙だが走るには問題なさそうだ。


 その後、俺は馬に先導されて城下町までハ〇ラックスで乗り付けた。

始めて見る車に皆驚きの視線を向けている。

そのまま街の中を突っ切り城の門手前まで車に乗りつけた。

さすがに王宮までは入れないので車を降りる。

武器を確認していつでも車に戻れるように用心したがいきなり捕縛する事はなさそうだった。

さすがにそこまで野蛮じゃないのか?

俺はそれでも用心しながら兵士達に囲まれて王宮の扉をくぐり階段を上りきった。


 謁見の間について正面を見るといかにもな感じの王様と大臣が居た。

周りにずらっと家来どもが並んでいる。

わざわざ呼び出されたのかな。緊急招集ご苦労。

しかし全員の、友好的でなく見下す様な目つきに先ほど少しだけ上がった俺の評価はすぐに急降下した。


 未だに槍や剣で殺しあう野蛮人に理解不能の宇宙人エイリアンと見下されるのは面白くない。

だいたい好き好んで来た訳じゃない。

会いたければそっちから来い。

状況によっては平伏してもいいかと思っていたがその気も失せた。

そもそも俺は臣下じゃないしな。


 腕を組んで棒立ちになって真正面から見据えている俺に対して王様と大臣の顔が引きつっている。

額に青筋が見えるような気がするが一応面目を保つ努力はしたらしい。

向こうから名乗って来た。


「〇〇国王、××である。」


 覚える気もないので適当に流す。


「どうも、△△です。」


 挨拶も早々に王様に改めて呼び出しの用件を聞いた途端、怒涛の質問タイムが始まった。

俺の正体は何だ目的はなんだと型どおりの質問が延々と続いていく。

異世界転生したという事を隠す必要は特にない。

というより、戦場のど真ん中にいきなり家ごと出現したのだから隠しようもない。

最初は一々丁寧に答えを返すものの、俺はいい加減飽きてきた。

サービスマン時代の忍耐力は一年前に無くなっていたらしい。

此方の質問はスルーされる一方、反対に聞かれるばかりの会話にうんざりする。

俺の憮然とした態度を見つつ、王様や家来どもが今度は俺が出現した場所について話し始めた。


「お前のいる所は我が国の領土の一部であり、お前は不法にそこを占拠している。」


「はぁ、そうなんですか。」


 更に俺の家の他に近くに人家は無い事を付け加えた。

要するにあそこは隣国との国境の緩衝地域であるらしい。

近年、領土争いが激化して定期的に互いの国の軍隊が激突しているそうだ。


「なるほど……要するに私は法に違反しているし、あの場所は住まいに適さないと。」

「そういう事だ。」

「では、この城下町に住まわせて頂けるのでしょうか?」

「そういう訳にはいかん。この国に住みたければこちらとしてはもっと詳しくお前の事を調べる必要がある。暫くはここの施設で身柄を預かる事になる。」


 ま、そうだよな。

でも拘束されるのはごめん被る。


「じゃ別にいいです。あの場所で住み続けます。戦があっても問題ないですから。」

「ほう? 敵国と激突するのが常のあの場所にじゃと?」

「はい。しょうがないですよね。街に住むのを認めてくれないんだから。」

「前回は運よく生き延びた様じゃが今後もそう行くとは限らんぞ。」

「ご心配なく。勝手にしますから。」


 全く恐怖を抱かず動揺もしない俺に対して国王の爺さんは鼻白んだ様子を見せる。

俺は平然とした態度を崩さない。

続けて国王に言い放つ。


「あそこに永住せにゃならんとしたら静かな場所にしたいんでね。今度あそこで戦闘が起こったらどっちの軍勢だろうと徹底的にやっつけます。」

「そう簡単に出来る事ではない。」

「出来ますよ、多分。」

「王に対し、ずいぶん軽々しく言うが二言は無いな。」

「ええ、私が失敗したらしたで、別にあなた方は痛くもかゆくも無いでしょう?」


 最早完全に素が出て口調がぞんざいになっていた。

まぁ失敗したら家に引き籠ればいいやと軽く考える。


 この国王の言っている事は今一信じがたい。

あの場所がこの国の土地だと言うのならなぜ今まで砦一つ置いていなかったんだ?

この城に来る時に町ごと円周に囲まれた城壁をくぐってきたが、要するに城塞都市国家みたいなもんだろ。

塀の外には明確な国境なんて無さそうだし単なる国と国との間にある土地にしか思えない。


「……ほう。なら、やって見せよ。わが軍はお前の家の後方に位置する。出来ない時は覚悟しておけ。」


 よく言うよ、偉そうに。

別にアンタらの為にやるわけじゃないし勝手にしろ。

心の中で突っ込む。


「では敵の撃退に成功したら私があそこに住む事を認めて頂きたい。ついでに周囲の土地もいくらか下さい。」


 一方向側からの居住許可でも無いよりましと考えて一応要求しておく。


「よかろう。出来たら、だがな。」

「言質を頂きましたが、それでは念の為にを。」


 俺は何処までもブレない。

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