第5話 居場所(5)




「じゃぁ、また夕飯の時な」

「んー」


 天人の声に、ハルは生返事で手をふった。舞子は最後までこっちを向いて手を降り、天人達を見送る。

 一月四日、十六時過ぎ。

 千乃と共に土地喰い探しと模様した千乃の素性探りの為、天人と佰乃は突男の小屋を出た。同時にハルと舞子も突男の小屋を離れる。ただぶらぶら歩いているのも時間の無駄なので、二人は突男に頼まれて山へ山菜採りに行くことになった。

 全く、源郎といい、突男といい、草が好きなことでとハルはいう。しかし他にやることがないので大人しく承知した。


「舞子ちゃんに、迷惑かけちゃうわね……」

 千乃の学校へ向かう道中、佰乃は言った。

「そんなことねーよ。きっと大丈夫だって」

 まぁ、俺にも予想つかねーけど。

 佰乃が不安そうなので、天人は軽く不安を取り払う様に返す。そして違う話題を持ち出す。

「そういえば、千乃が半妖だって可能性はないのか?」

「それ、私も思ったんだけど、舞子ちゃんに聞いてみたら「波が違うから、違うと思う」って」


「波が違う?」


「私達半妖は、人間とは違う周波数を放っているそうよ。だけど、千乃さんはどの周波数とも違う……特徴の掴めない存在みたいなんだって」

「それって……人間でもなくて、妖怪でも、半妖でもない……」


 天人は顎の下に手を当てた。

 そんな存在が、この世に存在するのだろうか?それとも俺たちが知らないだけ?帰ったらもう一回学校の図書館へ齧ってみるか。

 そうこうしている間に、千乃が通っているという学校へ到着した。約束ではここの門の前で待ち合わせだったはずだ。

『銀杏高校』

 南高校とは異なり、コンクリートの校舎が数棟立つ普通の学校だ。突男曰く、ここの地域のほとんどの学生はこの学校に通っているが全校生徒数は300人もいかないほどの生徒数だそうだ。南高校に通う天人達からしたら信じられないくらいの数である。

 門から出てくる生徒数は僅かで、下校時間にしては少ない気がした。

「…ねぇ、天人」

 チョンチョンと天人の肘を叩いて佰乃は真実の一端を口にする。

「ここ、裏門じゃない?私たちが待ち合わせしたのって表門よね?」

 あ………。

 門のコンクリートの壁にはくっきりと「裏門」と記されていた。数分ずっとこの前にいたのに気がつかなかった自分が恥ずかしい。

「待たせてるかもな」

 天人と佰乃は早速その場から去ろうとしたが、その時校舎の方から大きな声が聞こえた。


「触らないでよ!気持ち悪い!」


 甲高い女性の声だ。女性と表現するにはまだ垢抜けない声だが。無視するわけにもいかず佰乃と天人は顔を見合わせて門を跨いだ。

 この学校には制服が存在しないのか、すれ違う学生みんな私服だ。おかげで上手くなじめている二人は走って声の聞こえた方へ向かう。段々と声が近づいてきて、揉めている様子なのが読み取れる。

「いや、だからさ、説明するの面倒だからその場で止まっててくれない?」

「いやぁー!こないで!」

「あ、あのさぁ……」

 天人と佰乃は校舎の角を曲がって、揉めている集団を目にして一旦校舎の影に隠れた。それからまた確認する様にそっと覗く。

 揉めている集団は四人程度だ。二人の女の子が一人の女の子の両脇で腰に手を当てて、さっき悲鳴を上げたのは真ん中の女の子だと伺える。真ん中の女の子は短いスカートを履いて、少し化粧もしてあり、よくある三人組構成だ。その女の子の前で呆れ顔で立っているのは千乃ノイだった。相変わらず短パンにスエットという季節ガン無視の服装で、肩のあたりで無造作に跳ねている髪型は今日も在来だった。前髪は目にかかっていたり、短かったりと、外見にはそれほど拘っていないのだろうか?

 千乃が真ん中の女の子に近づこうとすると彼女は手をブンブンと振り回す。千乃が近づくこと自体拒絶している様子だ。

 はたからみれば、千乃が女の子に無造作に近づこうとしているだけに見えるが、天人と佰乃からしたら千乃の行動は正当なものに見えた。何故ならばその彼女のそばに…――三人のそばに小さな下級妖怪がいたからだ。下級妖怪は手で弾けば去るほどの小さなサイズで真ん中の女の子の肩に乗っている。口に指をいれて、千乃を上目使いでみる。まるで「見逃してよ」と言っているかの様に。

 しかしあのサイズといえど見逃せばいずれ大きくなって人に害を及ぼす。いわば、千乃が行っていることは善意からの行動だ。

「ちょっと肩に乗ってるを払うだけだからいちいちギャーギャー騒がないでくれる?」

「いやっ!近づかないで!そう言って私に仕返しするつもりでしょ!」

「はっ?なんの話?」

 次第に二人の声の音量が大きくなっていく。すると周りにザワザワと人が集まり出した。しかし二人はお互いに夢中で周りのことなんか眼中にない。佰乃は天人の肩を叩いて、向こう側から歩いてくる教師らしき姿を伝える。

「これ、止めないとやばいんじゃない?」

「いや、でも俺たちここの学生じゃないし……」

「そうだけど、このままだと千乃さんが変人扱いされちゃうじゃない」

 それは今に始まった事ではないのでは?

「私が普段あなたに嫌がらせばかりしているから、それの仕返しとして何かするつもりなんでしょう!」

「嫌がらせしてる自覚あったんだ、あんた……」

 千乃は深く息を吐くと、スッと顔を上げて、相手のことをなんとも思っていない様な目つきで近づいた。

「だから来ないでって言ってるでしょ!」

「あっ……」

 女の子は千乃を両腕いっぱい伸ばして突き放す。千乃は後ろによろめいて尻餅をついた。その瞬間に顔を少し歪めた。天人は黙ってその様子を見守る。

「もう何回も言ってると思うけど、そうやって私たちの気を引こうとしても無駄なんだから!自分が仲間外れにされてるって思ってるのかもしれないけど、貴方の方から離れていったんだからね!」

 一言一言、袈裟な話し方だ。キーキー騒ぐ様子はまるでお腹の空いた豚の様だった。佰乃は段々とイライラしてきてその拳を振るわせた。


 あの子は何か勘違いしていないだろうか?自分が悲劇のヒロインとでも思っているのだろうか?勘違いも甚だしい。いますぐあの顔面に拳をぶち込めたい………。


 後ろで何やらイライラしている気配を感じた天人は首筋に季節外れの汗を流す。揉めている二人の近くに教師が近づいてきた。しかし相変わらず二人の眼中にはない。    

 いや、教師に向けて背中を向けているのは千乃だけなので、実は女の子は気がついているのかもしれない。

 何やら不満そうな顔つきをしながら反論しない千乃は随分と大人だ。どうせすぐに騒ぎもおさまるだろうと天人が安心した時、衝撃の一言が耳を震わせる。


「親に愛されてないからって、そのストレスを私たちに当てないでちょうだい!」


「…………あのね」


「何よ!貴方が悪いんじゃない!昔から私たちのことを騙して嘘ついて、挙げ句の果てに私に怪我をさせたわ!あの日のこと、忘れたわけじゃないでしょうね?」


「……だからさぁ」


「もう私に近づかないっていう約束でほとばりは収まって、最近は特に気にしてなかったけど、まだ私に触って良いという許可はおりてないのよ!」

 佰乃は自分の中で何かがプツンと切れる音がした。もう我慢の限界だ。あいつの言葉を、声を一本たりとも聞きたくない。しかし、角から飛び出そうとする佰乃の体を天人は咄嗟に抑えた。無言で頭を横に振る。

 次の瞬間、千乃は近くにあった缶を勢いよく蹴り飛ばした。缶は蹴られていい音を立てて明後日の方向へ飛んでいく。そんなタイミングよく缶が転がっているのだろうかと思うだろうけど、もちろん元からあったわけではなく、突如現れたのだ。正確にいうのであれば人の目には見えない妖怪が運んでそこに置いたのだ。

 突然の出来事に驚いた周りはざわつきを止め、女の子はびくりと肩を震わせた。

 千乃は顎をクイットあげて眉を釣り上げる。


「さっきから黙って聞いてりゃあ、キーキーキーうるさいんだよ!お前は欲久不満の猿かッ‼︎」

 

 渾身の一言を女の子へ突き刺した。

 天人は吹き出しそうになる口元を押さえて、佰乃はポカーンと口を開けた。



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