第6話 居場所(6)
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「………ふふふ」
ハルは先頭を切って山の中を歩いていると不意に後ろから微笑む声が聞こえて振り返った。そこには口元に手を当てて、楽しそうに微笑む舞子の姿があった。
「なになに?どしたの、急に」
ハルは首を傾げて歩きながら舞子を見る。舞子は笑いを抑えきれなかったと言う。
「笑い?」
ハルはキョロキョロと周りを見渡すが、特に笑いの種になる様なものは転がっていない。寧ろここは見渡せば見渡すほど緑、緑、緑!一歩間違えれば、帰りの道がわからなくなりそうだ。ハルとしては、舞子がいるからどんなことが起きても帰れるだろうとたかを括っているが本当のところ少し不安でもあった。
舞子はハルに状況を教える様に自分の頭を指先でトントン叩いた。
「今、あーくん達と通信してたの。とは言っても向こうは無意識かもしれないけど、はーくんと山登ってる時にいきなり接続がつながって不思議に思ってたら納得できる会話が頭の中を通して伝わってきて。ふふふ。それがおかしくて笑っちゃったの」
ハルはぴょんぴょん跳ねる髪の毛を連れて舞子のそばに寄った。
「えーなになに、ずっる。ハルだけ仲間外れ?」
ハル無邪気に不機嫌な顔を近づけた。しかし、急にハルが顔を近づけてくるので舞子は思わず息が止まる。ハルの顔は近くで見れば見るほど吸い込まれる。あまりの美しいその顔………『美』と言う一言が似合う様な顔つきに舞子は思わず呼吸することを忘れた。スッと通った鼻筋に、陶器の様に白い肌。眉毛は程よく整っていて、長いまつ毛の上から光が漏れる。
「…え、あ、うん……あ、いやいや!そうじゃなくてッ!」
咄嗟に肯定してしまったが舞子は慌てて訂正する。見惚れていて曖昧な返事をしたとは知られたくなかった。ハルは少し下目遣いで言う。
「いいもんね。ハルにはそんなものなくたって」
「違う違う、ごめんって」
ハルはふんと言って踵を返し、また山を登り始める。
拗ねた様子のハルが面白いのか舞子は砕けた口調で、ハルの後をついて歩いた。山の至る所に山菜は生えており二人は登りながら籠に夕飯となる山菜を詰めていた。山菜について特に知識があるわけではないのだが、突男曰く「食えると思ったものは摘んでみる」だそうだ。ハルと舞子は半分呆れながらその辺に生えている草を摘んでいた。
「というか」と舞子は切り出す。
「なんで、はーくんは私とそんなに接続されないの?人から出てる波ってそう簡単に調整できるものじゃないと思うんだけど………」
風が吹いて首元をさすった。ハルはふるふると頭を横に振る。
「知らないよ。なんか気がついたらみんなの声が聞こえなくなってるだけ」
あ、あったと言って、またよくわからない葉を採る。
「そんなことあり得るのかなぁ……まあ、私も陰陽師の世界についてそこまで熟知してるわけじゃないし知らないこともあるか……。あ、ちょっとはーくん先行かないでって」
「ぐえっ!」
先に進んでいこうとするハルの襟をとっさに掴んでハルは後ろ向きに派手にずっこける。
「ご、ごめん……咄嗟だったから」
「いや、咄嗟で襟を掴む野郎がどこにいるんですかァ……」
舞子は土の上で尻餅をついたハルに手を伸ばした。ハルは一瞬ムッとした顔をするが、服についた泥を軽く払って舞子の手を握った。スクと立ち上がり、再び山頂を目指す。ハルの後ろを舞子は無言で付いていく。不意に顔を上げるとフードの中に入っている土地喰いと目があった。土地喰いは両手を使ってフードの縁につかまった。
「お主、結局のところどうなのじゃ?」
「へ?」
どうって、何が……―――。
「お主の
舞子はヒューと息を吸った。誰にも聞かれたことのない問いに動揺を隠せず次の言葉が見つからない。それから心の中をみすかされた様に恥ずかしい気持ちになった。誰にも知られてはいけないのに、誰にも知られていない筈なのに土地喰いの口から放たれた言葉は、まるで全てを知っているかのような。そんな言葉だった。
だとしたら、それこそ彼には全てが見えているのだろう。私のやっていることや、やろうとしていること。
無意味だと分かっておきながら一人でもがき争うこの姿が。
舞子にしかわからない――まるで暗号の様な言葉を土地喰いは投げかける。
―――お主の大切な“仲間”が誰も傷つかない結末は、
舞子は足がすくみ、どんどん離れていくハルの背中を見送る。目の前に雲がかったかの様に視界が不明瞭なものへとなっていく。しかし土地喰いの声だけは確かに耳に届く。
―――幾度も、やり直そうと……最善の道へと進むよう変化を求めてきた様じゃが、何か変わったか?……いや、意地悪なことを聞いたな。変わっていたら今頃お主らとわしは出会っていないだろう――
土地喰いの語尾がひどく頭に響いた。
そして気がついた。土地喰いはしゃべっているのではなく、舞子の脳波と自分の周波数を合わせて脳に干渉しているのであると。それならば距離が遠くても聞こえると。
―――運命に逆らおうとするのは若い者の特権じゃ。その行為が悪いとは言わん。だがな、舞子。これだけでは覚えておくのじゃ――
土地喰いの的確な鋭い言葉に舞子の心は押し潰されそうになる。
痛い………。
胸が重圧で潰れそうだ。
喉が一気に乾燥して涙が止まらなくなり、嗚咽が溢れそうになる。
「一人では、何も変えられんのじゃ。“運命“というものを分かち合う友が、お主には必要じゃ」
―――お主の抱える秘密を天人達はきっと受け入れてくれよう。お主とともに最善の道へ進む方法を考えてくれるはずじゃ。例え結末が変わらんとも、その過程で起こる道には何かしら変化があるはずじゃ―――
舞子は胸を抱えて座り込んだ。優しく助言してくれた土地喰いの言葉が胸に突き刺さって、痛くて、冷たくて、取れない。
なんでよ………と舞子は小さく言った。
「知っているのなら………貴方もこの世界の終わりを知っているのなら、何で何もしてくれないのよ!」
「………舞子ちゃん……?」
ハルは心配そうに舞子の名前を呼ぶ。
名前を呼ばれてハッと目の前の霧が取れた舞子。数メートル先でこちらを心配そうに見る双眼が浮かぶ。土地喰いの姿はハルのフードの中へ再び戻っていた。
ハルはシャキシャキと葉や枝を踏んで舞子の方へ歩く。
「どうしたの……?顔色悪いけど」
「えっ……?」
舞子は手を顔に近づけると、季節にはそぐあわない様な冷や汗が垂れていることに気がついた。舞子は視線を逸らして俯く。額にかかる前髪には汗が滲んでいた。
何も話そうとしない舞子を見かねて、暫くしてハルは長袖をめくった。そして自分の肌に爪を立てて引っ掻く。
「嫌、かもしれないけど取り敢えず応急処置程度でハルの血を舐めて?そしたら多分良くなるから」
少量なら天人の様な吸血鬼の半妖でなくても害は及ばさないだろうとハルは思った。というか、そもそもハルの体に流れているのは血であって血ではない様なものだ。少量飲んでもない量を治すぐらいの抜群の力はある。
しかし、舞子はその腕を勢いよく叩いた。そして訳のわからないことをほとばしる。
「私だ………私のせいで未来が変わっちゃったんだ………」
「え……?」
ハルは首を傾げる。舞子は顔を上げて引き攣った様な表情を見せた。それにはハルも顔色を変える。
だって、――今にも泣き出しそうな女の子の顔を見て平常心でいられるはずがない。
咄嗟に手を伸ばすが、身を引いた舞子にはあと数センチのところで届かなかった。
「舞子ッ…――」
「ごめんなさい………私はもう貴方達の近くにはいれない………」
涙を押し殺した声で舞子は踵を返す。
刹那、
「舞子ちゃんッ‼︎」
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