第9話

   *


 帰りの電車は貸し切り状態だった。一車両の中に僕たち二人しかおらず、駅に停まっても誰も乗りこんでこなかった。

「私たちはあのやり方を『雨に唄えば方式』って呼んでるの」と彼女は言った。

「私たち?」

「私みたいな人は他にもいるからね」

「私みたいな人って、幽霊ってことですか」

「うーん。幽霊ではないかな。幽霊はいないからね。私たちは生きてもいないし、死んでもいないんだよ」

「生きてもいないし、死んでもいない? 具体的にはどういう状況なんですか?」

「さあね」、霧の中に姿を隠すように、そう言った。「そのうちわかるよ」

「僕にだけあなたが見えるは、なんでなんですか」

「私がそう見せているから。この服装だってそうだよ。ファッション誌に載ってる中から選んで、そう見せてるの。どう、センスいい?」

「それって、逆に言えば、自分をとんでもない怪物に見せることもできるってことですか」

「出来るよ。君一人に対してならね。だからこの姿や声もある程度美化されたものだと考えたほうがいい」

 彼女は僕の真正面の座席に座っていた。両肘を両膝の上に乗せて、下から僕を覗き込んでいる。まるでわざわざわかりづらく言った自分の言葉の意図が見抜かれることを待ち望んでいるみたいだった。このような態度は、たぶん昨日墓場で会ったときから一貫していた。僕に対して、はっきりとは言わないが伝わるかもしれない何かがあるのだ。

「そうだ。これから両親に会いに行くんだからさ。思い出を聞かせてよ」

「両親との思い出ですか? 普通に恥ずかしいんで言いたくないです」

「えー! いいじゃんよ別に」

 僕は何度も嫌だといったが、彼女があまりにも食い下がってくるので話すことにした。

 僕が10歳のとき、ジャングルジムから落ちて足の骨を折ってしまい、それと同じ日に父さんが交通事故で腕を折ったこと。家族で沖縄に行ったときにみんなで海ぶどうにハマりバイキングで食べまくったこと。母さんが作った料理に父さんが勝手に調味料を加え味を変えてしまったが、その味を母さんが気に入り、自分に才能があると勘違いをしたこと。そんなことを話した。彼女は楽しそうに聞いていた。

貸し切り状態の電車に揺られている一時間足らずのあいだ、僕たちは向かい合った席でずっと盛り上がっていた。僕はそのとき、姉がいたらこんな感じなんだろうと思った。

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