第7話
*
「両親が死んだのは小学六年生の夏で、お盆の三日目だったと思います。その日、母さんが朝に突然千葉に行こうと言い出して、父さんがそれにすぐに乗り気になり、行くことになりました。でも僕は前日から友人と遊ぶ約束をしていたので、行きたくないと言いました。二人は一緒に行こうと結構強めに誘ってきたんですけど、僕は友人との約束を優先しました。それで、千葉には父さんと母さんだけで車で行くことになったんです」
「千葉といってもこのあたりからなら高速を使って二時間でつくね。突発的に行こうと思ってもおかしくはない。両親がいた頃も、君はここに住んでいたんでしょ?」
「まあ大体このあたりですね」、僕は言う。「なぜ両親が千葉に突然行くことにしたのかはよくわからないです。千葉のどこに行っていたかもわからないです。でもおそらくその日の昼には千葉について何かをしてそれが済むと、すぐに帰路についたらしいんです。お土産も買ってなかったので観光として行ったのかもわからないです」
「千葉って言ったら何だろう。ディズニーランドとか?」
「大の大人が二人きりでそんなところ行きます?」
「でもディズニーランドに入ってすぐに帰るというのは考えにくいか」
「そうですね。両親は昼過ぎにはもう千葉を出て、こっちに向かい始めたみたいなんです。でも、お盆休み中だったせいで高速が混んでいたからなのか、一般道を使ったんです。そのときちょうど国道に面した一軒家が火事になっていて、父さんと母さんの乗った車は、ちょうど信号待ちのときに、その燃えている家の目の前に停まったんです」
「なるほどね」、何かを察したかのように彼女は言った。
「父さんと母さんは、野次馬の話から、燃えている家の中にまだ人が取り残されているのを知ったんだと思います。車を降りて放置したまま、他の誰も行こうとしないのに二人だけで火事の中に飛びこんでいったそうなんです」
「あちゃー。そりゃ悪手だろ」
「ええ。実際に老人が一人取り残されていたらしいんです。でもその人も助けられずに父さんと母さんは焼かれて死にました」
「消防隊を待っていればよかったのに、野次馬はそうしてたんでしょ」
「そうですよ。だから本当に無駄死にだったんです」、僕は言う。「うちの親戚は通夜で、僕に聞こえないところでずっとバカだバカだって言ってましたよ。聞こえてたんですけどね」
「でもそれは、君の言葉で言うなら、『わかった不正解』ってことだね。あるいは『正しい不正解』」と彼女は言った。「それは、正しくはあったが、不正解でもあった」
「え?」
「だってそうでしょ。火事の中に飛び込んで人を助けようと思うのは間違いじゃない。まあバカだけど正しくはある。だけど、方法として間違っている。不正解」
僕は笑った。父さんと母さんの死が、あの向井の言葉にすっぽりときれいに収まった気がしたからだ。それなら、そんなことは誰にでもあることなのかもしれない、と思った。
「あれは国語の問題のことですよ」と僕は言った。
「国語の問題?」
「いや、何でもないです」
「まあでも、悪い死ではない。そうじゃない?」
「悪い死?」
「死に、良いも悪いもないかもしれないけど、なんというかさ、まあそういう死がこの世にいくつか存在してもいいだろうなあって気がしない?」
「……?」
「たとえばさ、面白い死に方をした歴史上の人物っているじゃん」、笑いながら彼女は言う。「それでその人の死にエピソードを面白可笑しく紹介したりするでしょ。でもそこでは確実に一人の人間が死んでいるわけよ。人っていうのはやっぱりくだらないことでも死んでしまう生き物なんだよ。それで、それがもしかしたら自分だったかもしれないと思いを馳せることでさ、なんというか、自分のいつか来る死を受け入れられたりしない?」
「しないですよ」
「しないか」
「というか当時は本当に無垢な小6だったんで、普通に絶望したりしたんですよ」
「でも、今はそんなに悲しくないでしょ?」
「まあ、今は」
「案外人は平然と死を受け入れるからね。死を中々受け入れられない人の方が少ないよ」
彼女はそう言った。そしてその言葉を放つと同時に怪訝な面持ちに変わった。どうしたのか、と訊ねると、「いや、こういうときなんて言うか、思い出せそうで思い出せないんだよね。言葉が……」と言って頭を捻っていた。
それから日が暮れるまで彼女は考えていた。そのあいだ僕は受験勉強をして、数学の問題に頭を捻っていた。わからないのに正解した、というのが何回かあった。
夕方になったとき、漫画を読みながら悩んでいた彼女が、突然「あっ」と叫んで、
「禍福は糾える縄の如しだ!」と言った。
それはちょっと違うんじゃないか、と僕は言った。
そうかなあ、と彼女はとぼけていた。
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