第5話

   *


 駅のホームの一番端のところに立ち、僕たちは話していた。もっとも近くにいる人でも10メートルは離れている。その場所を選んだのは彼女だった。

彼女に問われるままに、僕は答えた。なぜ僕が墓参りを無意味だと思うに至ったか、墓に眠っているのが父親と母親であるということ、そして僕が一人だということ。

「形式以上のものではないんですよ」、僕は言った。「まず死んだ人はいなくなってしまう。無になる。僕に会いに来ることはないし、話しかけても来ない。逆に僕の言葉が死んだ人に届くこともない。でも墓参りとか祈りとかいうのは、そういう不可能をやれと言っているようなものとしか思えない。そういうところが嫌だ」

「なるほどね」と彼女は言った。

「いや、今のはまだいいですよ。本当に嫌だったのは、墓参りに行ったことによって、自分の孤独を痛感したことだったんです。昨日がそうだった。周りに家族がいて、僕だけが一人だった。家族に祈りに来たはずなのに、そのあいだ僕は一人で、何のつながりも持った気になれなかったんです」

なぜ僕が彼女にこれだけのことを話すことができたのか、わからなかった。内面を語るというのは、相手とのかなりの信頼関係がなければできないというのが一般だろうが、僕はさっき少し話しただけで彼女のことを信頼していたのだった。

「なるほどね。要するに君は二つの無意味を感じている。一つは、死んだ人は幽霊になったりも天国へ行ったりもせずに無になるはずなのに、その無のために祈っても仕方ないんじゃないか、ということ。もう一つは、仮に最初の無意味を乗り越えて死者のために祈ったとしても、結局今の自分の孤独は変わらずに解消されない、つまり祈る目的がいつまでも達成されない、ということ」

「はあ」

言いたいことは伝わるが、面倒な人だな、と思った。僕も大概だが。

「逆に言えばこの二つを解決すればいいわけだよ。やろうと思えばできるよ?」

「どうやってですか?」

「会いに行くんだよ、死んでしまった人に。君の両親に」と彼女は言った。

「は?」

「まあ信じられないだろうけどね」

「イタコにでも会いに行くんですか。僕は全然そういうのは信じてないですけど」

「まあいいよ。そこに着くまでは嘘だとか、あるいはフィクションだとか思っておいていいよ。着いたらわかるから」

「はあ、それで、今から行くんですか?」

「それは了承したということ?」

「ええ、まあ一応」

「なるほどね。でも今からだと遅いな。もう昼だし。明日、朝から行こう」、彼女は言った。

そのとき、帰りの電車がホームに入ってくるのが見えた。ゆっくりと減速してゆき、僕たちの目の前で電車の先頭車両が停止した。ドアが開き、まず乗客が降りていく。

「という訳だから、今日は君のうちに泊めてよ。そうすれば朝早くに出られるでしょ?」

「それはちょっと」、言いながら、僕たちは電車に乗り込んでいった。電車の座席はほとんど埋め尽くされていたので、仕方なく僕たちはドアの近くに並んで立った。「一人暮らしなので、そもそも寝具はワンセットしかないし――」

「しっ」、彼女は唇に指を当てて僕を制した。「あまり人前で私としゃべらない方がいいよ。君以外には見えていないから」

ドアが閉じ、電車が走りだした。僕が話せないのをいいことに、彼女は駅に降りるまでずっとペラペラと好きなことを話していた。そのことが本当に彼女が周りに見えていないことを証明していた。

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