本当のこと
私はたぶん、祐ちゃんのことが好きだったんだと思う。引っ込み思案でトロくて他の子達について行けない私を、祐ちゃんだけが構ってくれてたから。
だから少しくらい意地悪されたって平気だった。その時には泣いちゃったりもしたけど、他の子が私をからかってたりしたら、
「こいつをからかっていいのは俺だけだ!」
って言って庇ってくれたりもしたし。
でもあの日、風が強くて波が高いから海には行くなと大人には言われてたのに、
「こんなワクワクする時に海に行かねーとかありえないだろ!」
とか言って祐ちゃんは海を見に行こうとした。
「危ないからついてくんな!」
って言う彼に勝手について行ったのは私。
海に行くとホントにすごい波で、見てるだけでも怖くなった。
「やべーから近付くなよ」
祐ちゃんがそう言った時、それまでは海の方から吹いてた風が急にぶわっと巻いて、私は体ごと海の方に投げ飛ばされるみたいに転がった。
「アッコ!!」
祐ちゃんが叫んで、私の体を掴もうとして、でも私は、その時被ってた帽子が海の方に飛ばされたのに気付いて、
「ぼうしが……!」
って、彼の掴もうとした手をすり抜けて海の方に走ってしまった。だってあの帽子、祐ちゃんが選んでくれた大切なものだったから。
それにこの時、何かに呼ばれたような気もしたの。いつもならこんな時、怖くて動けなくなる筈の私が、動けちゃったのも、その<声>のせいかもしれない。
『大事な帽子が流されちゃうよ、祐ちゃんが悲しむよ』
とか何とか言ってた気がする。
そして、まるで家みたいな大きな波がごおと押し寄せたのを見た瞬間、私は何も分からなくなった。たぶん、波に呑まれたんだと思う。
次に気付いた時には私は、救急車に乗せられてた。
何度か波にもまれたけど、本当に運よく何度目かで浜に打ち上げれられて、祐ちゃんが呼んでくれた大人に助けられたらしい。
ただ、私は意識を失ってて気づかなかったものの、波の力はとんでもなくて、私の小さな体は捩じ切られんばかりにもみくちゃにされて、体中、ニ十ヶ所以上骨折して、肺も片方潰れるっていう大変な怪我をしたんだって。それで結局、半年入院することになって、大きな街の大きな病院に転院することになって、学校も一学年遅れることになったからそのまま転校が決まって、私は祐ちゃんには二度と会うことができなかった。
転校先では優しい子が何人もいて、一学年遅れてる私のこともちゃんと友達として見てくれた。私の体には、バラバラになった骨を繋ぎとめるために埋め込まれた金属のプレートが今もいくつも残ってるし、怪我の後遺症で運動はそれこそできなくなったりもしたけど、見た目では分からないと思う。
大学にも進学できて、私は十年ぶりに故郷に帰ってきて、あの時、私が呑み込まれた海を見た。
だけど、あの時の様子はまったく想像もできないほど穏やかな海で。まるでその記憶が嘘みたいにさえ思えてしまった。
なのにその時、
「帽子を、一緒に探してくれませんか?」
さっきまで誰もいなかった筈の砂浜で不意に声を掛けられ、でもその声を聞いた瞬間に私の頭に何かが閃くのを感じた。そして声の方に振り向いた時に私の目に映った姿。
間違いない、
「…祐ちゃん……?」
すっかり成長して大学生くらいの<青年>になってたけど、一目見て彼だと分かった。
分かったのに……
その翌朝、砂浜に一人の男性の遺体が打ち上げられた。
祐ちゃんだった。
昨夜、「祐ちゃん?」と問い掛けた私に向かって、
「…え…? アッコ、ちゃん……?」
って答えた後、すうって空気に溶けるみたいにして消えてしまった彼の姿。私が彼の姿を見た時にはもう、亡くなって何日も経ってたんだって。
私が見た祐ちゃんの姿が幻かどうかは分からない。ただ、幻だと思うにはあんまりにも鮮明過ぎた。
聞いた話だと、私が波に呑まれた後、彼は精神に変調をきたして、
「俺が帽子を海に捨てたんだ! そしたらアッコがそれを取りに行こうとして!」
って何度も言ったらしい。だけどそれは、たまたま同じように海を見に来てて私達に「危ない!」と声を掛けようとしてた大人が目撃してて、まるで見えない手に掴まれて放り投げられてたみたいに私が波打ち際に飛ばされたのが真相だっていうのは分かってた。でも彼は「俺のせいだ!」って言って聞かなくて……
「祐ちゃん……私の帽子、探しに来てくれたんだね……」
彼に供えるための花束を抱え、私はまた海を見てた。
祐ちゃんの姿はあれきり見えないけど、私に会えた時、彼は本当に驚いたような顔をして、でも同時に、ホッとしたような顔をしてたね。
私が転院した後、彼は私が死んだと思い込んでたらしい。そんな彼を見るのが忍びなくて彼の両親は、大きな街に彼を連れて引っ越していった。
彼のご両親にも会ったけど、事故前後より昔の記憶が消えてしまってたんだってね。
祐ちゃん…本当のことが分かった……? だから安心してね。
でもその時、私の耳に、彼のとは別の声が聞こえてきた。
『せっかく二人ともって思ってたのにな……』
残念そうな、なのに少し笑ってるみたいな、何とも言えない声だった。
そして私は、それが、あの時に、
『大事な帽子が流されちゃうよ、祐ちゃんが悲しむよ』
って囁きかけた声に似てるような気がしたのだった。
FIN~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます