愚かな男の姿なんて

 …それから数時間後、彼女がいなくなって大騒ぎになったんだ……

 俺は、俺の罪を思い出したくなくて、そのまま記憶の底に封じ込めてしまった。それと同時に悟った。俺の頭の中で俺に警告してたのは、あの頃の俺自身。自らの罪から目を背けさせようとする十年前の俺。

 彼女と最後まで一緒にいたのが俺だというのは他の子供たちの証言からも分かって、でも俺は「知らない」ととぼけ続けて、それで両親もこの町にいられなくなって、逃げるように都会へと引っ越した。

「思い出した?」

 クスクス笑いながら、月と同じ、蒼く光る目でアッコちゃんは俺を睨む。

「あの帽子ねえ」

 俺の手を握る力が、ますます強くなる。なんとか振りほどこうとして、でもびくともしなくて、俺は額に汗をじっとりと浮かせていた。

「まだ見つからないの。一緒に探してくれるわよね? 海の底にあるのかもしれないわ」

 彼女に引きずられるような形で、俺は海の上を歩いている。

 ハッと振り向くと、岸がますます遠くなっていくのが分かる。

「ねえ、私の代わりに探してくれるわよねえ? だって私、お魚に突付かれて、こんなになっちゃったんだもん。

 ふふ、うふふ、あはははは…」

 彼女が笑った。途端に俺の腕を掴んでいた小さなその手は、耐え難い腐臭を発して溶け始め、眼球はどろりと流れて後に残ったのは黒々と開いた眼窩。

「―――――っ!!!」

 俺は体の奥底から絞り出すように悲鳴を上げた。上げたつもりだった。だけどそれは声にならない。声の代わりにゴボゴボと無数の泡がこぼれただけなのだった。


 そして俺は今、海の中で彼女の帽子を探し続けている。

 ひょっとしたら、砂浜に落ちているのかもしれない。そんな風に考えて、時々明るい満月の晩に、砂浜へ出て、たまたま通りかかった人へ頼むのだ。

「帽子を、一緒に探してくれませんか?」

 その日も、そうやって砂浜を歩いていた観光客らしい若い女性に声を掛けた。

 なのに、その女性は月明りに照らされた俺の顔を見るなり、

「…祐ちゃん……?」

 って。そう俺の名を口にした彼女の顔を見た俺の口からも……

「…え…? アッコ、ちゃん……?」


 それからすぐ、海岸に一人の男の水死体が打ち上げられた。

 俺だった。

 その後、浅瀬で何かを探そうとしてるかのように水中を覗き込んでる俺の姿を近所の人が目撃していたという証言もあり、海に落としたものを拾おうとして波にさらわれ、そのまま離岸流に巻き込まれて溺死した事故として処理された。

「祐ちゃん……」

 そんな俺の月命日でもある満月の夜、花束を抱えて海に向かって佇むアッコちゃんの姿を、俺はただ黙って見ていたのだった。

 どうやらもう、彼女には俺の姿は見えないらしい。


 実は、『アッコちゃんが行方不明になった』という話自体が、幼い頃の俺が勝手に作り上げた妄想だった。彼女は確かに波にのまれてその所為で大変な怪我をして半年も入院することになったけど、それで両親は町に居づらくなって引っ越したのは本当だけど、命は助かってたのに……

 そんな、自責の念に目を瞑り続けて、事実と自分の中で作り上げた空想との区別もつかなくなってしまった愚かな男の姿なんて、見えない方がいいのかもしれないけれど。




 FIN~

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