貴方のせいなんだから
まるで海の中にいるのかと錯覚するような蒼い蒼い闇の中、俺と女の子はどれだけ歩いたろう。不意に女の子が言った。
「やっと、来てくれたんだ」
「え?」
彼女の嬉しそうな声にふと気がつけば、辺りには一欠けらの明かりもなかった。
ここはどこなのだろうと改めて自分の周りを見回しても、聞こえるのは波の音ばかり。
「覚えてないの? 昔、よく遊んだじゃない」
そんな俺の様子がおかしいのか、彼女は空いている片方の手で自分の口元を覆って、クスクス笑った。
「いつの間にか、すごくお兄ちゃんになっちゃったんだね。私は…変わらない、ううん、変わることが出来なかったのに」
「君は、何を…」
彼女の言うことを正しく理解できないまま、いや、理解することを何故だか分からず拒否しようとしたまま、俺の心は早鐘を打ち始める。
何とも言えないゾワゾワした感覚が湧き上がってくるのが分かる。
『聞くな! 見るな!』
頭の中で「誰か」がまたそう声を上げる。その声を聞きながら、でも俺は耳を塞ぐことも目を瞑ることもできなかった。
雲が月を覆って辺りを真っ暗にした一瞬、彼女は言う。
「…やっと、帰ってきてくれたんだ…祐ちゃん」
瞬間、俺の頭の中で何かが繋がる感じがあった。その拍子に分かった。俺は今、海の上にいる。
「…アッコ…ちゃん?」
そして思い出した。記憶が抜け落ちてからいつも響いていた声の主のこと。さっきから俺に警告めいた言葉を掛けているのとは別の、俺がここに来るのを決心することになった「声」。
「ずっと、ずっと待ってたの。祐ちゃんだと思って、違う子ばかりをこうやって『遊ぼ』って誘って…。あの子たちには悪いことしちゃった」
言いながら、彼女はまたクスクス笑う。
「だけど、今ここにいるのは、ホントの祐ちゃんなのよね…来てくれたんだ、やっと」
「アッコちゃん…」
いつしか岸は遠く隔たっていて、俺と彼女は蒼い光につつまれて海の上にいる。
「私ね、寂しかったの。だけど、これからはずっと一緒よね? だって、私がずっとここにいなくちゃならなくなったのは」
アッコちゃんは、俺の手をものすごい力で握って、薄く笑った。
「貴方のせいなんだから」
覆っていた雲が溶け、月は再び俺たち二人を蒼い光で照らし出す。
『思い出した』
あの日…俺と彼女がこの砂浜で遊んでいた日。季節は思い出せないけれど、風が強い日だった。俺は彼女が被っている帽子を、わざと海へ落として、
「取ってこれないだろ?」なんてふざけて……
泣いている彼女をそのまま置き去りにして、家へ帰った。
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