いかにも家族経営って感じの民宿

 チェックインの時間まではまだ余裕があるし、記憶が少しでも戻るかと思って、町中をぶらついていると、いつの間にか日が傾いていた。

 そろそろ頃合いかなと思って駅の係員さんが手続してくれた宿でチェックインをする。いかにも家族経営って感じの民宿だった。

 すると受付けの、六十くらいかなって感じの男性が僕を見るなり、何とも言えない表情をした気がした。あの駅の係員の人と同じ表情だと気付いたけど、それでも僕は気にしないようにした。

『これはあれかな。僕の苗字で昔ここにいた人間だってことに気付かれたのかな。で、ここを捨てて都会へ出て行った人間が物見遊山に郷里に帰ってきたのが何となく気に入らないみたいなあれかも』

 そう考えると腑に落ちた。そういう狭隘な雰囲気がこの町にはあって、それが嫌で両親はここを出て、昔を思い出したくなくて避けてきたのかもと、一人納得してしまった。

『まあ、そういうことならもう二度とここには来ないでいいや』

 正直、そんなことを思ってしまう。

 実際、町中を軽くぶらついていても見るべきところもあるように感じないし、単純に海水浴場があるというだけで他には何の取り柄もないっていうのがよく分かったから、わざわざここまで海水浴に来る必要もないっていうのが結論だ。

 とは言え、今回はせっかく来たんだから、のんびり羽休めだけさせてもらおう。

 そう割り切って宿の人が敷いてくれた布団へ横になると、昼間も少し気になっていた波の音が耳について離れない。駅よりも海に一層近い旅館だからだろうか。

『出て、みようか』

 少し疲れてはいるけれど、なぜだか気分が昂って眠れない。

 だから、眠れないまま、俺は砂浜へ散歩に出かけた。

『ここに9年間、住んでいたのか』

 旅館を出ると、午後9時を回ったばかりなのに、都会と違って町は既に暗い。恐らくこの町に一軒だけって感じであるんだろうなというコンビニの照明だけが煌々と照っていてやけに浮いて見える。しかもよく見ると、そのコンビニすら「午前7時開店・午後11時閉店」と表示が出てた。

『マジか…まあこんなとこじゃ夜に客なんていそうにないもんな。自販機さえあれば間に合いそうだ』

 というのを裏付けるかのように、コンビニから少し離れたところに自動販売機ばかりがずらっと並んだプレハブの建物があった。その中にはカップラーメンの自販機も見えるから、それで何とかなるんだろう。

 海の方に目をやれば、漁火が沖のあちこちで光を投げかけているのは素直に綺麗だと思えたけれど。

『やっぱりピンとこないな…』

 ひょっとしたら、夏になったらこの海で泳いだこともあったかもしれない。けれど実感が全然湧いてこない。

 両親がこの町を出て行ったのは、ここの閉鎖的な雰囲気とかを嫌ってというので納得できる。だが、俺の過去についての話を明らかに避けてることや、戻ってこない俺の記憶と何か関係があるんだろうか。

 もっともそれも、田舎独特の陰湿な何かがあって、俺自身がそれでこの町を嫌ってしまって自分で思い出さないようにしてしまったとかいう話かもしれないとも思ったけどね。


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