チョコケーキ美味しかったよ
「亜子ちゃん」
そしてそれからまた一年が経った。下宿の一斉掃除があるっていう春先。
由佳ちゃんは、廊下の掃き掃除をしていた私に声をかけてくる。
「どういう風に掃除したら良いのかな」
「あ、それはね…入っていい?」
「どうぞ」
彼女の部屋へ招き入れられて、私は思わずギョッとなった。
『一体、前に掃除したのはいつなんだろう?』
一目見てそう思った。
布団はさすがに干されているものの、大学のレポートや教科書なんかが畳の上に散乱している。
「…まず、この本なんかを片付けなくちゃ。それから、畳をお酢で拭いて」
私が内心、呆れているのを隠しつつそう言うと、
「私一人じゃ出来ない…」
由佳ちゃんは、心底困ったように私を見る。
そんな彼女の様子に私はため息をつきながら、
「…手伝ってあげる。ほら、片付けて」
「ありがとう」
結局、由佳ちゃんは「亜子ちゃんすごーい」「あ、ここ届かない」とか口ばかり動かすだけで、ほとんど手を動かそうとはしなかった。
彼女は、本音を言わせてもらえばかなりムッとなっていた私に気付く気配すらなかったと思う。
由佳ちゃんの部屋の掃除を終えた後、私は下宿の玄関先を掃除していた。彼女は自分の部屋の掃除をほとんど私にやらせておいて、それが終わったら呑気に寛いでた。私を手伝おうとする素振りさえ見せずに。
「……」
今年も三分咲きだった桜が、少しずつ満開になりかけている。
今夜は風が強い。だから地面に落ちた花びらを、私は箒でかきあつめながら焚き火に放り込んで燃やす。
ああ、掃除、しなきゃ。桜の花びらって、すぐに地面を汚すんだよね……
焚き火の中で踊るように燃えていく花びらを見ながら思い出す。一ヶ月ほど前の出来事を。
「あの、これ、受け取ってください!」
バレンタインに、一生懸命作ったチョコケーキ。
不器用だけどラッピングまで自分でしたその箱を、私は同じ講義を取るようになってから知り合って、ずっと好きだった男の子へ渡そうとした。でも…
「あ、うん…」
戸惑いの返事をして、取り敢えずという感じで受け取るには受け取ってくれた彼。
だけど、彼と同じサークルに入っているという由佳ちゃんが、それから3日後の夜教えてくれた。
「亜子ちゃんが渡したチョコケーキの箱、部室のロッカーの上に置きっぱなしになってるよ」
「…え……?」
その言葉に、サーっと血の気が引くのを感じてた。
…だから私は、彼のサークルの部室へ、部員の人に断わりをいれてその箱を取りに行った。
これ以上、私の想いがさらしものになっているのに耐えられないから。
中のチョコケーキは無くなってたけど、部室に入ろうとした時に断わりをいれた部員の人が言った。
「チョコケーキ美味しかったよ。差し入れありがとう」
彼個人に宛てたつもりのそれは、サークルへの差し入れってことにされたんだとその時に気付いた。
普通に考えたら本命チョコって分かると思うようなラッピングを施してたのに……
いや、たぶん、みんな分かってたんだろうな…分かってて、私の彼への想いが溢れてるそれを話のタネにして笑いながら食べたんだろうな……
胸が…痛い……
それと同時に、体の奥で何かが燃えてるような感じがあった……
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