おもちゃの馬
何故だろう。
そして海沿いに家へ帰りながら、俺は苦笑している。
両手に抱えているのは、女の子が勧めてくれたドールハウスの箱。
勧められるまま、つい買ってしまった…人形込みで2800円。
このテの商品にしちゃ、安いほうなんじゃないかと思う。今月の小遣いはほとんど無くなってしまったけれど。
完成したら、あの店で見たのと同じようになるんだろうか。
ま、時間ならたっぷりあるさ。自嘲の笑みを浮かべ、俺は家に着いて、早速それを組み立て始める。
現実逃避って言うなら言え。親の言うことなんざ、聞いてたってどうせろくなことはない。
勉強するフリして部屋にこもってさえいりゃ、アイツらは満足なんだから…勉強に手がつかずにいるっていう、俺の様子さえ知ろうともしないで。
けど。
『おかしいな』
久しぶりに時間を忘れて、夢中になって組み立てて…一時間くらい経った。完成間近で俺は首を捻っている。
買ったドールハウスは、そんなに複雑なものじゃない。俺みたいに不器用なヤツでもすぐに出来たんだから。
…人形が、なぜか多い。
正確には、小さなメリーゴーランドみたいなのにつける、おもちゃの馬が1つ多い。
箱に入っていた、内容説明みたいな紙切れと照らし合わせてみても、その馬は余計なように思えた。
箱をひっくり返したりしている俺の手元に、ふわりと夜の風が吹いたと思ったら、
「どうしました? 私どもの製品は、お気に召していただけましたか?」
突然、窓のほうから声がかかった。驚いて机へ向けていた顔をそちらへ向けると、
「貴方を迎えに来ました。一緒にサーカスで遊びましょう」
あの店の女の子が、窓辺に座ってにこりと笑って俺へ手を差し出している。その肩には、店で見たのと同じように小さなサルが乗っていた。
「君は…どうしてここに」
「うふふ」
俺が尋ねても、彼女はただ首をかしげて三日月のように目と口を細め、笑ってみせるだけ。
それは厚化粧の下でいつも笑っているピエロを思わせて、何故か背筋がぞくりとしたけど、
「…行きませんか?」
「いいよ、行く」
もう一度誘われて、俺は即答した。
勉強なんて、もううんざりだ。第一、いい大学に行ったところで今の世の中、偉い人間になれるわけじゃない。
何もかもが馬鹿馬鹿しい。
「じゃあ、どうぞ」
その顔を崩さずに、この女の子は俺を誘った。
誘われるままその手を取って、窓辺に足をかけたら、驚いたことに二階のベランダになっているはずの外の風景は、一面の海に変わっている。
彼女が乗ってきたのだというボートへ、俺も飛び乗って、波の向こうに輝いているテントを目指す。
それは月にも負けないほど眩しくて、
「楽しんでいってくださいね。私、他のお客さんの相手もしないといけないから」
結構な距離があるんじゃないかと思ったのに、意外にすぐに到着した。すると彼女は、俺に手を振って、どこかへ走り去っていく。
『まあ、いいや…さて』
スキップしながら去っていく彼女の背中を見送って、俺も歩き始めた。
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