シーン17 あなたとわたし


夜の公園。

一本の街灯の灯りがぼんやりとブランコを照らす。そのブランコに妻が座り、時折足をぶらつかせながら誰に話しかけるでもなく語り始める。


妻   

お昼の時間は主人とお散歩をしていたわ。それは恋人だった頃からそうだったの。お散歩といえば、わたしは夜のお散歩も好きよ。夜のいいところはね、空気が澄んでいるの。人がいないからね、きっと。人が吐く息が薄まれば薄まるほど、空気は澄んでいく気がするわ。そしてひどく静かで…。もしかしたら、わたしは世界でひとりぼっちなんじゃないかって気になってくるのよ…。


妻は立ち上がってブランコの鎖を手で握り、それを支えにしてなんとなくその辺りで揺れる。それはまるでゆったりと踊る人形のようにも見える。


でもね、ひとりでお散歩をするならやっぱり夜に限るわ。だって今ならひとりでいても、なぜ私はひとりぼっちなんだろうなんて考えなくて済むでしょう。あの人が眠っていることを知っているからよ。眠っているんじゃどうしようもないでしょう。人は眠らなくちゃいけないから…。あなたは今夜もわたしを抱かなかったけれど…。それはいいのよ…。だって人は眠らなくちゃいけないから…。あなたが眠っていることを知っていればね…。わたしは今どんなに寂しくても平気よ…。


妻はブランコに座り直して、足を地面につけたままゆらゆらと軽く漕いで空を見上げる。


もちろんわたしも眠るわよ…。もうすぐ…。もうすぐよ…。こうしてお月さまを眺めながら…。冷たい風を感じながら…。夜の香りを知りながらね…。わたしはひとりで歩けるわ…。こうしてきっと、人は正しく眠って…。正しく起きていくんだわ…。きっとね、そういうものなのよ…。だからあなたがひとりで眠れるように…。わたしもひとりで歩けるわ…。今夜もわたしは…。歩くのよ…。


揺れるブランコ。優しく吹く風。

静かに髪を耳にかける妻。


ゆりかごのように揺れるブランコと妻。

その影も跡を追うように揺れる。


それらを柔らかく包む街灯の灯り。

月はまもなく真上に昇る。


〈終〉



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バベルの塔のさかなたち 市村みさ希 @kikakunigayomogi

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