シーン14 違うふたりと同じふたり


大きく、深い溜め息をつく夫。

それを真っ直ぐ見つめる絵描き。


夫   

あなたと話していてよくわかりましたよ…。失礼ですがそういう物言いがきっと、他人と理解をし合えない原因なんじゃないでしょうかね。話があっちこっち飛んで、あなたのは説明にもなっちゃいませんよ。


絵描き 

わかってるんです…。でもうまく説明しようとすればするほど…。なんだかぼくの正しさとは離れていっていくような気がするんです…。今もね…。きちんと座り直そうとすればするほど、椅子からずり落ちているような…。そんな気がしているんですよ…。


夫   

ああ、すみませんね。私もあなたを理解するのは難しいみたいですよ。


絵描き 

いいんです…。ただ、そんなこともあるとぼくは思う、ということを言いたかっただけですから…。そのなんとなくの部分をなんといったらいいのか…。ぼくもまだわかりませんからね…。


夫   

ですからね、そのなんとなくの部分をちゃんと明確に言語化する努力をするべきだ、という話を私はしているんですよ。さっきからずっと。そういう手段や方法を学んでいくべきなんですよ。だって、なんとなくで済んでしまったら…。みんないつかは会話なんてしなくなるでしょう。


絵描き 

そうですね…。ですからぼくは絵を描いているのかもしれない…。


夫   

申し訳ないんですがね、そんなのは社会とご自分の関係の構築を放棄していることにはならないんですか。ただ逃げていることと同じように聞こえますよ。


絵描き 

これがバベルの塔ですよ…。突き詰めていけばいくほど、いつかどこかで違いに気付くんです…。


だからあれは、想像上の物語でしょう。私は現実の話をしているんですよ。


絵描き

ぼくも現実の話をしているんですよ…。ですからいずれはその伝え方も…。あなたが仰った手段の違いが生まれるんですよ…。なぜならぼくらはみんな、バラバラだからです…。


夫   

ですからね、そんな風に諦めていたら人間はいつまでたっても発展していけませんよ。私たちは文明を築いていけるんですから。だって、みんな同じ人間でしょう?


絵描き

そう…。同じ人間なんですがね…。


ふたりの会話を遮るように、夕方のチャイムが鳴る。なんとなくふたりとも再び煙草を吸い、黙ってそれを聞く。しばしの沈黙。


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