シーン11 バベルの塔の物語
絵描きもマッチで火をつけて煙草を吸い始める。静かに深く息を吐く絵描き。
夫はより一層力を込めて絵描きに語る。
夫
でもね、我々は同じ人間なんですから。言葉をもっているんですよ。なら、力を尽くして。言葉を駆使して。相手に理解してもらえるような説明をする努力をするべきだと私は思うんですよ。どんなに時間がかかってもね。
絵描き
わかりますよ…。でもね…。どんなにそうしたくても、なかなかうまくはいかないものですよ…。そういうものですから…。
青年は切なそうな表情と共に、確かな意志を持った目をして立ち上っていく煙草の煙をじっと見つめる。
先ほどの工事の音は静まったり止んだりしながら、かすかに響き続ける。
夫
なぜ…?
絵描き
………?
夫の方をゆらりと向く青年。それはとても寂しそうな弱々しい獣のようにも、激しい憎悪を秘めた獣のようにも見える。夫は青年のそれに少し戸惑い、畏れながら問う。
夫
なぜ…。あなたはそう思うんです…。
夫から視線を落とし、もう一度煙草を吸ってから息を吐く絵描き。吐いた煙はまるで絵描きを取り囲む暗い霧にように辺りを漂う。
絵描き
バベルの塔って…。ご存知ですか…?
突然の話題に面食らう夫。
夫
はあ…。知ってますよ…。天まで届く塔を作ろうと考えた人間たちに、怒った神が言葉を互いに通じないようにしたせいで人々はバラバラになったという…。あれでしょう…?
絵描き
そうです…。
夫
あれがどうしたんです…。
絵描き
もしかしたら…。ぼくたちはいまだにバベルの塔を作っている最中なんじゃないでしょうか…。
夫
……?どういうことです…?
絵描き
むしろ本当は…。この世界そのものが始めか
らバベルの塔そのものだったんじゃないかとすら…。ぼくは思うんです…。
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