シーン10 気まずいふたり
夫と絵描きは妻を見送った後なんとなく向かい合ってしまい、お互い居心地が悪そうにしばし沈黙する。遠くの方で子供たちが遊んでいる声が聞こえてくる。
絵描き
あの…。
夫
(あきらかに不機嫌そうに)なんですか…。
絵描き
あの、すみません…。奥様をお引き留めしてしまったようで…。
夫
別にあなたのせいではないでしょう…。彼女が勝手にあなたに話しかけたんですから…。
絵描き
いや、まあ…。そうかもしれませんけどね…。
夫
むしろご迷惑おかけしましたね。匂いがどうとか、よくわからないことをベラベラと話していたでしょう。
絵描き
いえ、そんなことは…。
夫
いいんですよ、いつもこうなんですから。
ジッポライターで煙草に火をつけて吸い始める夫。足元に置いていた缶詰めの空き缶を灰皿代わりに夫に差し出す絵描き。
絵描き
あ、これ…。どうぞ…。
夫
ああ、どうも。すみませんね。
絵描き
いえ…。
夫
(大きく息を吐き)あんな風に誰とでも話せるのは彼女の良いところでもあるんでしょうけどね…。
絵描き
はあ…。
夫
なんにも考えちゃいないんですよ…。常になんとなくで生きているんでしょうね、ああいう人は…。
絵描き
まあ、でも…。あ、いや…。
夫
いいんですよ。なんです?
絵描き
いや…。その…。なんとなくというものもそんなに悪いものじゃないんじゃないかな…。なんて思って…。なんとなく…。
夫
でもね、彼女は夫である私に対してもそうなんですから。私に理解をしてもらいたいのであればね、もっと論理的な話をして正しい行動してほしいものですよ。
絵描き
正しいとは…?
夫
はい?
絵描き あ、いや…。
話がなかなか進まないふたり。
イライラが募る夫と気まずさが募る絵描き。
夫
別にね、ああいう人がいたっていいんですよ。それはいいんです。ただね、人と…。少なくとも私と会話するときは、お互いに相手がわかる話をするべきでしょう?だって夫婦なんですから。行動もね。相手に理解してもらえるような行動を取るべきなんですよ。本来であれば、そんなの最低限のことなんですけどね。夫婦であれば尚更ですよ。彼女にはそういう思いやりがないんです。
絵描き
そうかもしれません…。でも…。どんなにそうしようとしても、どこか擦れ違ってしまうものだったりもしますよ…。きっと…。
夫
だからって努力しなくても良いことにはならないでしょう。きっと彼女はそもそもそういうつもりがないんですよ。私は私なりに、彼女を理解しようと努力しているんですがね。
絵描き
でも、ご主人のそのおつもりは奥様に伝わっているんじゃないでしょうか…。
夫
どうなんでしょうね。なんとなく解り合っている気になっているだけかもしれませんよ。
絵描き
(ぼんやりと)ああ…。それはそうかもしれませんね…。
カーン、カーンと物を叩いている様子の工事の音が風に乗って届く。
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