第一幕 その音楽は彼方から響く ⑥

 古城は突然椅子から立ち上がり、何も語らず、私を見る事すらせずに、窓を開けた。

 季節は夏である。生温かな空気が吹き込んできた。さらにみんみんとセミの声が音楽室に響き渡る。

 それでも私は静寂を感じた。

 何も語らない二人。

 語れない理由があるのか。

 たまらず紅茶をすする。

 熱い。

 唇をやけどした。

 青桐をみると、何やら微笑んでいる。いや冷笑か。

 しょうがないじゃない。飲みなれていないのだから。

「よーいっしょと」

 古城が戻ってきた。にやにやと笑顔だ。

「たださ、会いたかったんだよ」

「会いたかった?」

「そう。わたしもべりちゃんも、あいすちゃんにただ会いたかった。でも、わたしはただ会うのはなんだかもったいなって、そう思った」

「つ、つまり……だからあんなことを……?」

 おいおいまじか。

「出会いは劇的、衝撃的に。そのほうがほら、楽しいじゃん?」

「わたくしはやめなさいと言ったのですけれど……」

 青桐が頭を下げてきたが、けして貴女が悪いわけではないので、こちらとしては恐縮の科限りである。

 しかし何というか、気が抜けた。

 到底受け入れられる度量はもちろん持ち合わせてはいないが、そうだというのなら、まぁ、壊滅的な学園生活をおくるかもしれない、という心配はなくなった。

 だがここで当たり前の疑問が挙がる。

「どうして私なんかに会いたかった……ですか?」

「ん?」と、ケーキをほおばっている古城が言った。「もぐもぐ、っと――。敬語じゃなくていいよ、あいすちゃん。あたしとあいすちゃん、どうきゅうだし」

 おいおいまじか。

 ぱーと2。

 確かによくよく見ればスクールカラーが私と一緒だ。

 うかつだった。

 ん? ということはと、青桐を私は見る。

「わたくしは2年生ですわ。ちょことは、腐れ縁というところですわ」

 確かにスクールカラーは異なっている。

 異なっている。

 だからなんだというのだろう。

 確かに同級生であること。上級生であることがわかったが、わたしはそんなことを聞いたか? 聞いていないじゃないか。

 それなのに、この能天気バカ娘(青桐談)ときたら、訊いてもいないことをさっきからべらべらと。確かにだ、ケーキは美味しい。クッキーも絶品だ。紅茶の味も最適な組み合わせだ。マリアージュだ。おまけに可愛い女の子だ。青桐なんてどんな美女だって話だ。

 でもなんだ。

 なんなんだ。

 わかりました――わかりましたとも。

「わかりました。それはええ、わかったのですが、そろそろ本題というか、確信というか。――はぁ、もういいです。わかりました、わかってます。知っているんですよね、わたしの事を」

 それは、この学校に転校してきた私ということではなく。果たし状という名の招待状につられてやってきた私、ということではなく。

――であった時の事を知っているという事なのだろう。

――という、役者というには憚るただの幼気な子役だった私を知っているということなのだろう。

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