第一幕 その音楽は彼方から響く ⑤
最初から調子が崩れてしまっているが、そもそも私の目的は何だったのだろう。そうだ、演劇部の様子を探ることだった。そして、どうして私にあんな手紙を寄越したのかを確認すること。
まずは音楽室とあったが、それはまぁ演劇を行うならば不思議はない。演劇は声を出す、つまりはうるさい。音楽もかける。つまりうるさい。だとするなら、防音設備整った音楽室は最適だ。
青桐一子に古城千代子、この二人は演劇部の部員なのだろうか。
なによりあの手紙を出した張本人なのだろうか。
今日私がここまでやってきた理由は、そういったあれこれを今日この瞬間に解消することである。
なのにどうして私はテーブルに座っているのか。
お茶を出されているのか。
ケーキがとびきり美味しそうなのか。
どんどんと、怒涛で核心から離れていっている気がするが、どうにも目の前に並ぶお菓子を前にしたら、そんなことどうでもよくなってしまう。
あぁ、私も所詮は小娘だったということか。
気がつけばケーキだけじゃなくてクッキーまで並んでいる。真ん中に赤いジャムとか載っている。なんだろう。美味しそう。どれも美味しそう。すごく美味しそう。
「おいおいあいすちゃん、なにを遠慮してるんだい? ほらほら、ひとくち食べてみい」
と、古城が言ってくる。
誘惑。
恐る恐る。
ぱくり。
「は、はぁぁぁぁぁぁ」
なにこれ――。
こんな、こんなの食べてしまったら、そこらのお店のケーキが食べられなくなるじゃない。この世の者とは思えない軽い口溶けの生クリーム、しっとりとしたスポンジケーキ、鼻に抜ける香り、なによりもデコレーションが芸術的だ。反則だよぉぉぉ!
「……く」
「「く?」」
青桐と古城が私の言葉を小首を傾げ反芻する。
「クッキーもその、よいですか……?」
はぁぁぁぁぁ、なんだかどうにもどうして、屈辱だぁぁぁぁ。
私が尋ねると古城は満面の笑みで頷くのだ。
くそー、したり顔じゃないか。
だって美味しいもの。
間違いなく、美味しいものだ、このクッキー。
「美味しいっしょ?」
と、古城が聞いてくる。
「…………とても」
「そいつはよかったぜ! にゃはは」
「そ、それよりなんですけど!」
半ば逆切れの装いではあるが、勢いに任せ私は確信に踏み込むことにした。二人のペースに付き合っていては、私は何も語れることなく懐柔されてしまう。
「どういう要件であんな果たし状を私によこしたのですか? 正直、先輩方にあんなことをされる因縁はまったくないと思うんですけど」
と、私は思いのたけを打ち明ける。
反応を示してくれたのは、古城ではなく青桐だった。
「はぁ、やれやれですわ」
「や、やれやれって、そんな……」
まるで私が悪いみたいじゃないか。
そんないわれは到底ないのに。
「あら、ごめんなさい」私の表情から察したのか、青桐はそう言った。「私がもうどうしようもないレベルでどうしようもないと言ったのは、そこにいる能天気バカ娘のことですわ」
「え? わたし?」
「鋼のメンタル……」
私が言われたら三日ぐらいは落ち込んでしまいそうな暴言をその身に受けて平然としているなんて。
「改めてごめんなさいねあいすさん、本当に私がしっかりと手綱を握ってなかったから……。今度から鎖にします」
鎖ってなに? そうするとどうなるの?
怖いんですけど。
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