第一幕 その音楽は彼方から響く ②

 一通の手紙を手に取り、茫然自失に見つめる姿は見る人が見れば恋文の一つでも貰っているのかしらと、勘繰るところだろうが、それはない。何せここは女子校だから。いや待て、女子校だからという理由は昨今通じない。誰が誰を好きになろうが認められる社会。だったらどちらかと言えば、こっちだ。

「私を見て、あの人ラブレター貰ってるわ! なんて言う人がそもそもいない」

 悲しいな。

 悲しみの海に沈み込み、もがいて苦しんで、足をつりそうだ。

 しかし、これはラブレターでは、絶対にありえなかった。

 開封するまでもなく、そう言い切れる。

 なぜなら――なんてもったいぶるのはやめよう。

 だって『果たし状』と達筆で見事に表面に筆ペンっぽいのでしっかりとがっちりと書かれているのだから。

 なんじゃこりゃ?

 びっくりだ。困惑だ。そして絶望だ。

 孤独を厭う気持ちはあったが、こういう展開で払拭される筋書きを私はけして求めない。

 心の中で頭を抱え、髪の毛を振り乱し、ぶんぶん。

 ちなみに文面を読んでみた。

 

『鬼無あいす殿 やっほーこんにちはこんばんは、おはようございます。本日放課後、二年三組の教室まで来られたし。いろいろ都合はございますでしょうが、事情一切をかなぐり捨てて、独りで来られることを切に願うものなり。また、武器の使用は禁止とする。っあ、そうだあいすって漢字なんて書くの?? 古城千代子』


 情緒不安定か!


 エキセントリックな文章に辟易しながらも、いつどこでどんな風に恨みを買ってしまったのか、脳のリソースをフル活用し導き出そうと努力する。

 該当はありません!

 まいった。

 これはまいりすぎる。

 ていうか、一週間だし。転校してきて。

 何もしてないし。転校生だから。

 何も出来な過ぎて悩んでるぐらいだし。

 ぶっちゃけ会話らしい会話を行った経験がないし。

 先生としか喋ってないし。

「え、ちょっと待って……私の学校生活ってなに」

 とは言え、生きていれば多かれ少なかれ傷つけ、傷つけられながら生きているのだと、何かの本で読んだ気がする。きっと私が何気なく自動販売機で買って飲んだパックジュースのトロピカルバニラチョコジュースが最後の一つで、それを最後に買ったのだが私で、どうしても欲してマンの誰かが逆恨みしているぐらいの事なのだろう。

 しかし、そうだとしても名前ばれしているのは如何なものか。

「まいった」

 本当に冗談抜きで。


 こんなとき、相談出来る相手がいればどれだけ気が安らぐだろう。気の置けない友、なんて贅沢は言わない。遊び半分でも話を聞きかじってくれる誰かがいてほしい。

 相談……してもいいかもしれない人はいるが、その人に対してこのタイミングで相談することは、今の私にはできない。

 絶対に避けなければならないことだ。

 だから自分自身で解決するしかない。

 そして――辿り着いた私の答え、


「よし、無視だ」


 程度の低い悪戯だ。

 きっと何も起こりはしない。

 そんな気持ちで無視をした。その結果は翌日すぐに判明した。

 

『鬼無愛澄殿 なぜ来てくれないのか! ずっと待ってたんだよ(シクシク)伝えたい儀があるのでどうにか来てほしい。あと、昨日の事情一切かなぐり捨ててというのは些か大袈裟だったと思っている。時間は取らせないのでお願いします。本日も二年三組の教室で待っているので。だが、もしも来ないなら、相応の対応を取らせてもらうのであしからず。えっと、名前の漢字あってた? というか来てよー、お願いだからー、待ってるからー。古城千代子』


 情緒不安定が加速している。ため息をゆっくりと、長く長く吐き出した。

 嫌になる。嫌になった。冷静になれば無視は悪手だった。

 何者だ。古城千代子。

 上級生か。

 同級生か。


「二年三組を指定するなら……二年生か。想像はつくけど、つきたくない想像だよ……」


 つまりは上級生に因縁をつけられた。

 やばい。

 でもいまさら二年三組の教室に行って、そこで無事平穏に今後を過ごす出来るのだろうか。

 やはり先生に相談するべき……だろうか。

 いやないな。それはない。話を大きくしたくはない。そもそも取り合ってくれない可能性すらある。

「行くしかないのか、2年3組……」

 そして放課後、2年3組の教室がばっちり視界に入る距離まで私は赴いていた。

 ここからさらに気合で百歩ほど歩を進ませれば、教室の扉に手が届くだろう。

 さらに意気込めば、ドアを開けることすらできるだろう。

 そうしてみようと思った。が、そう出来ない事案が発生した。些細なことだ。突如後ろから声をかけられて肩を叩かれたからだ。

 私は大いに驚き、その場を脱兎のごとく逃げた。

 誰かはわからない。振り向くことも怖くで出来なかった。

 帰宅して、ご飯を食べて、お風呂に入って、ベッドの中でもやもやと考えていると翌日になっていた。

 そして靴箱――手紙はもちろん――あった。

 だがそれは果たし状ではなかった。ただ、表面にそう書いていないだけかなと思ったが、中身の文章も敵意は感じられない。

 まぁこれまでの文章にも悪意は感じられたが、敵意は感じられなかったが。

 内容は打って変わっていた。


『鬼無さま。度々申し訳ない。こういうやり取りをするなと釘を刺していたんだけど、どうにも、どうにもならなかったようです。本当に申し訳ない。そこで改めてなんですけど、放課後に第三音楽室にまで来ていただけないでしょうか。本当に申し訳ない。要件はそこで話したいと思います。文面ですべてをお伝えすることもやぶさかではないのだけど、やはり直接お会いしたい。本来ならこちらから出向くことでもあることは重々承知している。しかし、そこをどうかお願いしたい。だがどうしても私たちに会いたくない。話も聞きたくないというのなら、これが最後の手紙にさせていただく。金輪際、あなたに関わることはない。約束します。では、待っています』


 ここまで読んで、読み返して、なんだこれ? と小首を傾げた。

 が、一つ気づいた事がある。これまでの果たし状には、締めくくりの署名で古城千代とあった。だが今回はそれがなく変わりの単語がぴしりと当てはまっていた。

 自然と単語を口に出して読み上げていた。


「演劇部」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る